宇都出ブックセンター

本が大好きな宇都出雅巳(まさ)が、本の紹介をしています。
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『ダウン症の子をもって』(正村公宏著 新潮文庫)
久々の更新です。これこそ長く読まれるべき名著だと感じ、ご紹介しました。

この本(単行本)と初めて出会ったのは、今から30年前、大学1年のときでした。遊びに行った兄の部屋の本棚にあったこの本を、手に取ったのを今でも覚えています。

ただ、その時この本を読んだのか読まなかったのか、はっきり覚えていませんでした。今回、改めてこの本(文庫本)を読んでみて、内容に読んだ覚えのあるものはほとんありませんでした。おそらく30年前はこの本の内容を読むことができなかったんだと思います。

ところで、30年も経ってこの本を読もうと思ったきっかけは、新聞に出ていたある記事を読んだからでした。

「僕は不幸じゃない」 障害児発言、ダウン症青年の思い という見出しがついた記事でした。

記事の内容を少し引用すると……

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| 宇都出雅巳 | - | 19:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
『日本の禍機』:日露戦争直後に書かれた”予言”の書。真の「愛国心」を語る
司馬遼太郎は『坂の上の雲』など日露戦争までの日本は描きましたが、それ以降の日本は描きませんでした。それは日露戦争の「勝利」以降、日本が大きく変質していき、その日本に対し彼が嫌悪感を持っていたからだと思われます。

私自身、小学校から中高と日本の歴史を学ぶなかで、

「日清、日露(さらにいえば第一次世界大戦)までは勝って、いい感じできていたのに、なぜ、ああなって(日中戦争、太平洋戦争への突入・敗戦)しまったのだろう?」

と思い、特に昭和初期の歴史には興味を持って読んでいました。


今からみたら、バカな、おかしいと思える部分は多々あるとはいえ、「当時の日本人は当時の状況のなかで一所懸命考え、行動した結果だったから、仕方がない部分もあったのだろう」とも思っていました。(とはいいながらも、軍部からにらまれながらも、小日本主義を唱え続けた東洋経済の石橋湛山など、今から見れば非常にまっとうな議論を展開した人に引かれ、大学出て最初に就職したのは東洋経済でしたが……)

 
しかし、本書を読み、そのあまりの真っ当さぶりに、人間はやはりどんな状況であれ真っ当な考えを持つことができるんだという強い感動と安心を得ました。
 
私の個人的話が長くなりましたが、本書は今から100年以上前の1909年、比較法制学者でアメリカのエール大学教授であった朝河貫一が日露戦争直後に、変質する日本とそれによって迫り来る危機に警鐘を鳴らすために、書いたものです。
 

「今や世人が日本国運の隆盛を謳歌せるにあたり、余ひそかにおもえらく、日本は一の危機を通過して他の危機に迫りたりと。ただ今日は日本国民がほとんど全心全力を振い、驚くべき技倆をもって戦役の危機を通過して後、日浅きがゆえに、すでに早く別種の危機の眼前に来りたることを未だ意識せざるも無理ならず。かつ第二の危機は第一の危機と性質はなはだ相異なれり。戦争は壮烈にして一国の人心を鼓舞振作(はげまして勢いをふるいおこすこと)する力ありしも、今日の問題はすこぶる抽象的なり、はなはだ複雑なり、一見するところ平凡にして人を衝動するの力を欠く。これが解決に要するところは超然たる高明の先見と、未曾有の堅硬なる自制力とにありて、かの単純直接の先頭および犠牲のみのよく処理し得べきところにあらず。ゆえにあるいは僅少の識者これを洞観せるものあるべしといえども、目前の利害以上を見るの余裕なき大多数の輿論に対しては、いかんするも能わず、問題の解決はおろか、問題の何たるかを国民に告ぐることすら難きならん。今日、日本の要するところは実に反省力ある愛国心なり。まず明快に国家前途の問題を意識して、次にこれを処するに非常なる猛省をもってするにあらざれば、国情日に月に危うかるべし。」(P1213

 
朝河はアメリカにいて、日本を客観的に見る立場であったからこそ、冷静に見えたともいえます。本人も本書のなかで自分の立場を、欧米に対抗して清国(当時の中国)への利権を拡張しようという国権説に対してこのように語っています。
 

「余もまたもし日本の内地にあり、または満州居留の邦人間に住みしならば、あるいは一般の習気に化せられて、この説の羈絆(きずな・束縛)を脱する能わざりしならん。ゆえにこれに対しては多大の同情を表せざるを得ざるを覚ゆるなり。しかれども自国の内よりのみ自国を観るは易きことにあらず、ことに今日の日本のごとく国際間の地位激変したるものにとりては、これ全く為し得ざることなるがごとし。けだし我はただ国際社会の一新参者に過ぎず、我の外には清国あり、東洋あり、欧米列国あり。これを顧慮せずしてひたすら自国の利を主張する時は、たとい一時我に利あるがごとく見ゆることありとも、かえってややもすれば東洋を傷つけ、日本の前途を害するの悔いなきを保し難し。」(P125126)。

 
このように、自分の立場をも客観視しながら冷静に論を進めて、そこには激烈な言葉もありませんが、じわじわと著者の祖国日本を思う気持ちが伝わってきて、本書を読みながら、何度も涙を流してしまいました。
 
私のほうが感情的になって、なかなか本書を紹介できていませんね(苦笑)。
本書は大きく二つ(前篇・後篇)に分かれています。
 
 
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| 宇都出雅巳 | - | 10:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
『関わりあう職場のマネジメント』
JUGEMテーマ:読書
タイトルの「関わりあう」という言葉と帯にあった「第56回日経・経済図書文化賞 受賞!」という言葉につられて買って読みました。

統計調査による実証分析のところはさておき、それ以外のところは非常に読みやすく、自分が社会人になったころから抱えているテーマにも共鳴し、本当に「あっ」という間に読んでしまいました。

なお、「自分が社会人になったころから抱えているテーマ」というのは、組織(集団)と個人の関係です。

もともとは個人のために生まれたはずの組織が、なぜ個人を抑圧したり、その可能性を阻害する方向に働くのか?
どうやったら個人も組織もその本領を発揮するためにサポートし合えるようになるのか?

会社に入ってそのことが頭から離れませんでした。

そこから労働組合にかかわったり、
そこで燃え尽きて会社を辞めて、今度は組合のない会社を選んで転職したり……、
コーチングなどコミュニケーションを学んだり……、
そして10年前には独立して、自営で仕事している自分がいます。

独立しても、本を書いたり、1対1の電話コーチングをしたりなど、直接的に関わる人が少ない仕事をする一方で、
管理職研修など組織の中でどっぷりと働いている人にも関わってもいます。

さて、私の話はさておき、本書が伝えたいメッセージ(検討する基本仮説)は、
「仕事上相互に関わりあうことが多い職場は、仲間を助けること(支援)、組織のルールややるべきことをきっちり守りこなすこと(勤勉)、そして自律的に仕事のうえで創意工夫すること(創意工夫)を職場のメンバーに促す」(P3)
こと。

なお、タイトルにもあるキーワードの「関わりあう職場」というのは、
「規範を共有し、お互いの仲がよいといった閉じた共同体を意味せず、目標を共有し、仕事上相互に関わりあうように設計された職場」(P3)
なので、この点は誤解ないように。

実はここで「閉じた共同体」という言葉が出てきていますが、「閉鎖的な」共同体(コミュニティ)か「開放的な」共同体(コミュニティ)かも本書が伝える大きなポイントでもあります。

少し引用すると、
「本書が想定する職場のコミュニティは開放的なコミュニティである。開放的なコミュニティは、固定的なメンバーによるコミュニティに根づいた規範や規律ではなく、流動的なメンバーによる相互の対話によって規律や規範が形成されるコミュニティである。」(P229)

この「流動的なメンバーによる相互の対話によって規律や規範が形成される」の「相互の対話」というのに引かれますね。つまり、ここの「規律や規範」は静的なものではなく動的なものなわけです。

もう少し具体的に言うと、
「開放的なコミュニティでは、新しいメンバーを含め、常にそれぞれの価値観や主張が対話され、そこに規範や規律が生まれることになる」(P229)

「対話」といえば、ナラティヴであり、コーアクティブ・コーチングの先輩である加藤雅則さんが『自分を立てなおす対話』という本も書かれていますが、「対話」を組織に持ち込み、個人と組織の間をつなぐ取り組みをされています。

 参考記事→ ナラティヴ・アプローチ

また、この「閉鎖的コミュニティ」と「開放的コミュニティ」という話は、このブログでも以前かなり取り上げた広井良典さんの考えにもつながりますね。

 参考テーマ→ 広井良典

少し、脇にそれてしまいました……。

さて、先ほど述べた本書の基本メッセージに戻ると、この基本メッセージは二つの矛盾を表現しています。

● 一つは、自律的に行動するという個人主義的な行動のために、自己完結的な仕事の設計ではなく、「関わりあう」という集団主義的アプローチを取るということ。

● もう一つは、「創意工夫」という、いわば「職務上やるべきことして明確に定められた役割」ではない行動をマネジメントするということ。「本来管理者がコントロールする範囲の行動ではない。このような行動を実行するようにコントロールするのも矛盾する話」でしょう。

しかし、これは私の25年にわたる社会人生活のなかで、実感してきたことであったり、重要なことであったりするのです。おそらく、これを読んでいる方もうなづく人が多いのではないでしょうか。

このように、本書は現場で働く人(私だけかもしれませんが)が抱えているテーマにドンピシャで焦点を当てているのです。

そして第1章では「タマノイ酢」のインタビュー調査を紹介していますが、

私が面白かったのは次の第2章「協働と秩序と自律」で、公共哲学の視点を取り入れて語っているところ。新たな言葉を知って、視野が広がった気がします。

まずは、秩序と自律という相反するように思われる二つの関係を語る「逆転共生」という言葉。
「逆転共生の関係とは、ある程度まではお互いを高め合う関係にあるが、どちらかがある一定程度を超えてさらに強くなると、他方が弱体化しはじめ、両者は相反する関係になることを指す」(P51)

もっと具体的に言うと、
「あるレベルまでは自律を高めることが秩序を高めることにつながり、逆に秩序を高めることが自律を高めることにつながるが、秩序と自律のどちらかが一定レベル以上になると、逆に秩序を高めることが自律を抑制し、自律を高めることが秩序を破壊するといった関係である」(P51)

こう書いてしまうと、「当たり前じゃん」と思うかもしれませんが、これまで、なんとなくしか説明できなかったことを「逆転共生」という言葉が与えられたことで、より自分のなかで考えが整理できるようになりました。

その結果、秩序と自律といったこれまで相反する、矛盾する関係のように思っていたことを、より効果的に活かせると思います。

もうひとつは、「組織−個人」の二分法ではない、「組織−職場−個人」の三分法

これは公共哲学において「公−私」の二元論の限界を乗り越えるために、「公−公共−私」の三元論で考えるところからヒントを得たそうです。

公共哲学では「滅私奉公」もその逆の「滅公奉私」も「公共性」を欠くという点では同じ穴のムジナであり、「活私開公」なる新たな関係が提示されているといいます。
孫引きになりますが引用しますと
「活私開公は『私という個人1人ひとりを活かしながら、人々の公共世界を開花させ、政府や国家の公を開いていく』ような『人間−社会』観である」(P57 『公共哲学とは何か』(山脇直司著 ちくま新書)P37)

二元論ではなく、その境界領域を設定した三元論というのは非常に面白く感じました。

ただ、正直言うと、まだ腑に落ちていません。

実務上、こういう境界領域というのは存在し、それが大事なのはよくわかるのですが、ある意味、そこに矛盾や問題点が集約される面もあるので。

「職場」なるものが「公共の場」なのか、そうなりうるのか、それを設定することで、解決するのかどうか、あまりまだ実感がわかないところです。ただ、さらに考えていく足場というか糸口は与えてもらった気がしています。

公共哲学なるものにもがぜん興味がわいてきましたね。さっそく、山脇直司さんの本は読んでみたいと思います。

さらに第3章「上からのマネジメントと下からのマネジメント」は経営管理論の視点からみたものですが、これもなかなか興味深かったです。

その中でも興味を引かれたのが、「協働的コミュニティ(collaborative community)」。これはポール・アドラー&チャールズ・ヘクシャーが提唱している考えだそうです。(ハーバード・ビジネスレビューで『協働する共同体』という記事が掲載されています)

この特徴は、「同僚間の開放的な対話によって形成される内省的信頼」
「組織的社会関係資本が閉鎖的な関係とそれによって蓄積される広範で弾力的な信頼をマネジメントの中心に置いたことに対し、協働的コミュニティでは同僚間の開放的な対話によって形成される内省的信頼をマネジメントの中心に置いたのである」(P91)

最初に書いた「開放的コミュニティ」の話はここから来ているのだと思いますが、この可能性はコーチングのワークショップや対話をベースにした研修をするなかで実感しますね。

このように、いろいろと刺激的な概念が出てきて、好奇心をかきたてられる本でした。

なお、最後にちょっと自分には痛い言葉も……

それは「『いざとなれば出て行く』という無邪気な個人主義」

自分がこれまで転職やいろいろな組織を離れてきた経験を振り返り、「これ、自分のこと?」と思いました。

この「『いざとなれば出て行く』という無邪気な個人主義」は、これまで日本企業を支えてきた「心情反射作用(『お互いの気持ちをわかりあう能力』)」に代わるものとして提示されています。

これも孫引きになりますが、
「おそらく日本社会は過去10年のどこかで回帰不能点を通過した。
この変化の最深部では、あの身体の『形而上学』をささえてきた身体感覚そのものが崩壊しはじめている。日本社会を200年以上にわたって支配してきた心情反射作用が、今やうすれつつある。『無邪気な個人主義』が浸透してきた結果、相手の感情に自動的に反応する能力をもたない個人が着実にふえてきているのである。」(P230 『近代・組織・資本主義――日本と西欧における近代の地平』(佐藤俊樹著 ミネルヴァ書房)P306)

著者は、「関わりあう職場のマネジメント」は、こういった「無邪気な個人主義」に駆逐されてきた心情反射作用や市民精神といったものを「新たな形で取り返す作業」と位置づけています。

最後になって、少々複雑な気分です。

自分自身の持っていた(持っている)『いざとなれば出て行く』という無邪気な個人主義」が、自分が願う「組織も個人もお互いを生かし合う」ことを阻害してきたのかもしれません……

ただ、私としては『いざとなれば出て行く』という無邪気な個人主義」も切り捨てずに、受け入れるところからスタートするとは思うのですが……。
| 宇都出雅巳 | ビジネス | 08:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
自分を知り、自分を変える―適応的無意識の心理学
 潜在意識、無意識、というと、そこに何か神秘的な力を想像しがちになりませんか?

 マーフィーをはじめ、目標達成・願望実現の方法では、潜在意識の活用は定番です。

 さらには、潜在意識レベルではだれもがつながっている……なんていうことが、ユングの「集合的無意識」なる言葉を使って(ユングの真意かどうかはさておき)よく説明されています。

 ただ、こんなふうに潜在意識や無意識を扱うことで、かえって、潜在意識や無意識といったものに過剰な期待をしたり、逆にその本当の力を過小評価していることにつながっています。

 われわれの今この瞬間、振り返ってみるだけでも、多くの部分を潜在意識・無意識に頼って、私たちは生きています。

 たとえば、心臓をはじめとする内蔵の働き。

 意識していませんよね。 でも勝手に制御され動いています。

 また、今、このブログ記事を読んでいることを可能にしている、眼をはじめとするさまざまな働き。

 何気なく、読んで理解していますが、この背後には意識していないさまざまな働きがあるからこそ、読んで理解できているわけです。

 潜在意識・無意識というのは、意識が何か抑圧したものが収められている場所というような捉え方ではなく、われわれが生きるうえで当然必要な部分・機能としてとらえることができるのです。

 このように潜在意識や無意識を捉え直したのが、


 「適応的無意識」です。
適応的無意識の現代的な見方では、判断、感情、動機などの心の興味深い働きの多くが抑圧のためではなく、効率性という理由から、意識の外で起こる。心は、低水準の処理(たとえば、知覚過程)が意識に到達しないようになっているだけでなく、多くの高次の心理過程や状態もアクセスできないよう設計されているのである、心は、多くのことを同時に並行しておこなうことができる、よくデザインされたシステムである。(P11)
本書はそんな適応的無意識についてさまざまな角度から光を当て、このわれわれ自身が知らない「もうひとりの自分」を明らかにしてくれます。

われわれの中には、間違いなく、わたしたち自身が知らない「もうひとりの自分」がいるのです。

では、どうすればこの「もうひとりの自分」を知ることができるのか?

それを知るカギは……


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| 宇都出雅巳 | | 17:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
アナタはぜチェックリストを使わないのか?

あなたは仕事の中で「チェックリスト」を使っていますか?

仕事の種類にもよりますが、ぜひこの本を一読してチェックリストを導入するかどうか検討することはお勧めです。

とはいえ、「チェックリスト」と聞いて、「そんな面倒くさいこと」と思う人も多いでしょう。
 
 そんな心を見透かすように、この本の著者はこう書いています。

「私たちは、チェックリストを使うのは恥ずかしいことだと心の奥底で思っているのだ、本当に優秀な人はマニュアルやチェックリストなんて使わない、複雑で危険な状況も度胸と工夫で乗り切ってしまう、と思い込んでいるのだ。」

 また、「チェックリストなんて初心者が使うもの」と思う人もいるかもしれません。しかし、チェックリストは熟練者を助け、その仕事の質を助けてくれるものでもあるのです。それはなぜか?

 この本では外科医である著者が、そのホームグラウンドである医療現場のほか、巨大なビルの建設現場、ジャンボ・ジェット航空機の運転現場、さらには数億ドルの資金を運用する投資現場にまで足を伸ばし、生の話を紹介するなかで明らかにしてくれます。 

「チェックリストは、熟練者を助けるためのシンプルで使いやすい道具なのだ。素早く使えて、実用的で、用途を絞ってあるという特性こそが肝要だ。だからこそ有効で、だからこそ何千人もの乗客の命を救えたのだ。」

 「何千人もの乗客の命を救えたのだ」とありますが、チェックリストが多くの乗客の命を救った例として記憶に新しいのが、2009年の「ハドソン河の奇跡」です。これは、雁の群れと遭遇してエンジン停止した飛行機を、見事、ハドソン河に不時着水させて全員無事だったという事故?です。

覚えている方も多いでしょう。

この奇跡の陰にもチェックリストの存在があったのです。

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| 宇都出雅巳 | ビジネス | 11:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
リチャード・バンドラーの3日で人生を変える方法
JUGEMテーマ:読書
 
日本でもかなり知られるようになってきたNLP(神経言語プログラミング)。
人をコントロール(操作)する手法、洗脳手法としてあまりいいイメージを持たれていない人もいるかもしれませんが、これはなかなか使える手法であり、考え方です。

私がNLPに出会ったのはもう15年くらい前になります……。なんて昔話をし始めると長くなるので、今回はやめておいてさっそくこの本の紹介をしましょう。

本書はNLPの開発者の一人であるリチャード・バンドラーによる3日間セミナーを物語形式でまとめたものです。

NLPの開発者はバンドラーともう一人はジョン・グリンダーという言語学者で、NLPには「メタモデル」をはじめ言語のモデルも数多くあるのですが、本書で紹介されるのは、バンドラーらしく、イメージ操作を多用した、わかりやすい演習ばかりです。

NLPのセミナーで参加者が「おお、これはすごい!」とびっくりする、まさにNLP!という手法で、自分が最初にNLPを学んだころを思い出して懐かしくなりました。

NLP初心者の人もかなり楽しめるでしょう。

たとえば1日目の演習として紹介されるのは、“サブモダリティ・チェンジ”の演習です。少々長いですが引用すると……

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| 宇都出雅巳 | NLP | 23:26 | comments(1) | trackbacks(0) |
今日は大河ドラマ最終回・経営者・平清盛の失敗
今日は今年のNHK大河ドラマ・「平清盛」の最終回ですね。

ここ3年は「坂の上の雲」が放映されていた関係で、11月に大河ドラマは終了していたので、
この時期に最終回があるというのは久しぶりで、大河ドラマらしいです。

といっても、かなり視聴率は低いそうなので、ご覧になってない方が多いかもしれません。

私は途切れつつですが、かなり見ています。

平清盛という、有名でありながら、あまり脚光を浴びることがなかった人物にスポットを当てているだけに、「ああ、そんなことがあったんだ」と歴史好きな人間としてはなかなかおもしろいです。

今日はそんな平清盛関連の本です。

ただ、かなり異色の本で、著者は『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』でミリオンセラーを出した、会計士の山田真哉さんの著作です。

実はこの山田さん、もともとは歴史学者を志されていて、大阪大学文学部日本史学科卒業なんです。

さすがミリオンセラーを出しただけあって、その語り口は面白く、そこで解き明かされる歴史もとても興味深いですよ。

解き明かされているのは次のような謎です。
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| 宇都出雅巳 | 歴史 | 15:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
『触感をつくる』(岩波科学ライブラリー)
まず、 タイトルの言葉に注目してください。

「触覚」ではなく「触感」です。

単なる「触覚」だけではなく、「触にまつわる主観的な質感(クオリア)」として「触感」に焦点を当てています。

確かにほかの「視覚」や「聴覚」などは、それぞれが単独で存在し、ほかの感覚からの影響はほとんど受けないといえます。

しかし、何かに触れた時の「触感」は、単なる指先の「触覚」だけでなく、対象の見た目や触れた指を動かすときの音などで変化します。

まさに、「触覚」ではなく「触感」です。

そして、この「触感」。ほかの感覚にくらべて捉えにくいものです。

なぜなら、「包括的なイメージの総体として感じられるからであり、主観的な体験でもあるから」です。

本書はこの捉えにくい「触感」について、最新の研究成果を次々と紹介しながら迫っていきます。

本書を読み進めていくと、「触感」というぼんやりしたものが、だんだんととらえられ、その「触感」(つまり、触感の触感)を強く感じられる気がしてきます。

身体や身体感覚の大事さはよく言われることですが、そこにはまさにこの「触感」が強く絡んできます。

ぜひ、この本で「触感」に触れてもらいたいです。

それでは、いくつか、本書の中で面白いなあと「ググっ」と感じた話を紹介しましょう。
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| 宇都出雅巳 | | 21:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
満州移民−−飯田下伊那からのメッセージ
JUGEMテーマ:読書
 
先日、「中国残留日本人孤児」の時洪告さんが来日され、残念ながら手がかりがないまま離日された。

敗戦当時の年齢は2歳だったそうで、現在は中国の戸籍上の年齢では68歳。

肉親に会いたいという思いはとてつもなく強いものだと思います。

この「中国残留日本人孤児」の背景にあるのは、ご存知とは思いますが、日本からの大規模な「満州移民」です。

本書は、日本最大規模で満州移民を送り出した長野県飯田下伊那地域に焦点を当て、その背景、現実、そしてその後を描き出したものです。

まずはその背景。
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| 宇都出雅巳 | 大東亜戦争 | 09:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
幻想が幻想を見るとどうなるんだろう
 「お金は幻想である」

 「マネーゲームにはゴールがない」

これ自体は本当です。

金(きん)の裏づけがあって紙幣が発行されていたときと違い、今や野放図にバンバンと紙幣が発行されています。

精巧に印刷されているとはいえ、ただの紙に価値を感じるのは単なる約束ごと、幻想といってもいいでしょう。

FXなんて取引していると、レバレッジで何十倍、海外口座であれば何百倍の取引ができ、10万円しかないのに、2000万円、3000万円分の通貨取引ができるのを体験すると、お金はほんと幻想だと思います。

そして、あくなき利潤の追求を続けて、世界を駆け巡り、人間を働かせ続けるマネー資本の動きを見れば、マネーゲームにはゴールがない、終わりがないことをひしひしと感じます。

 しかし、この本はこんなことで、この「マネーゲーム」を脱出しようというのではありません。

 もっとぶっ飛んでいます。

 今、体験しているこの世界、経験は、お金とか「マネーゲーム」とかだけでなくすべてが幻想だというのです。

 まあ、「すべてが幻想」というなら、それもそう思ってもいいかもしれません。

 ただ、この本がさらにぶっ飛んでいるのは、
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| 宇都出雅巳 | 宗教 | 19:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
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