宇都出ブックセンター

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ナラティヴ・アプローチ
私が今も折に触れ読み続けている『物語としてのケア』の著者である野口裕二さんが編者となり、さまざまな分野でのナラティヴ・アプローチの実践例をまとめた本です。

「ナラティヴ・アプローチ」とは、
「ナラティヴ(語り、物語り)という形式を手がかりにして、何らかの現実に接近していく方法」
といわれても、ピンとこない人も多いかもしれません。本書の序章は、「ナラティヴ」および「ナラティヴ・アプローチ」について簡潔にまとめられているので、お勧めです。どんな形でまとめられているかを少し紹介すると……
 ・「セオリー」に対するものとしての「ナラティヴ」
 ・ナラティヴの特徴としての「時間性」「意味性」「社会性」
 ・ナラティヴの種類としての「大きな物語」「小さな物語」
 ・ナラティヴの種類としての「ドミナント・ストーリー」「オルタナティヴ・ストーリー」
 ・ナラティヴの種類としての「ファースト・オーダー」(個人が自分や自分の経験について語ったもの)「セコンド・オーダー」(研究者などが社会的世界を理解するためにかたったもの)

 といった具合です。序章を読めば「ナラティヴ」というもののイメージが膨らみ、つかんでもらえると思います。

 そして、本書はさまざまな研究者によるさまざまな分野の実践例が紹介されています。目次を挙げるのが手っ取り早いので書き出してみました。
 
 序章:ナラティヴ・アプローチの展開
第1章:エスノグラフィーとナラティヴ
第2章:オルタナティヴとしてのリフレクティンブ・プロセス
第3章:医療におけるナラティヴ・アプローチ
第4章:看護学とナラティヴ
第5章:私の家族療法にナラティヴ・セラピーが与えた影響
第6章:社会福祉領域におけるナラティヴ論
第7章:生命倫理とナラティヴ・アプローチ
第8章:紛争をめぐるナラティヴと権力性
第9章:組織経営におけるナラティヴ・アプローチ
 終章:ナラティヴ・アプローチの展望

 どれも30ページほどの論文で、読みやすいものです。
 特にコーチングやビジネスに絡んでいる人にお勧めなのが、第9章の「組織経営におけるナラティヴ・アプローチ」。
 これは私のコーアクティヴ・コーチングの先輩であり、CTIジャパンのリーダーを務められていた加藤雅則さんの論文です。加藤さんは企業や学校の組織変革に以前から取り組まれており、数年前から野口裕二さんとも共同で研究を進められてきました。これまでの研修、組織変革に「ナラティヴ」という新たな視点を加えることで、そこで何が起きているのか? どうすれば個人や組織が活性化するのか? そのカギが浮かびあがっています。

 ここ最近、ビジネスの分野でも「物語」のパワーが注目され、マーケティングのメッセージや経営者が従業員にビジョンを浸透させる手段として使われています。しかし、ここでの「ナラティヴ」はそれとは違います。

加藤さんが注目したのは、「一人称の語り」。これは「自分についての語り」であり、「私が私について語る」ことです。
会社ではこの「一人称の語り」はあまりありません。その代わりに交わされているのが「三人称の語り」。たとえば、「この会社……」といった会社についての語り。「経済状況が厳しくて……」「マーケットの現状は……」といった市場についての語り。「最近の顧客は……」といった顧客についての語りなどです。あなたの会社のなかでの会話を思い浮かべてもらえればうなづけるでしょう。「一人称の語り」はどちらかといえば排除され、昔であれば赤提灯でようやく許されるような語りでした。

この「一人称の語り」が、実は個人や組織の活性化にとって重要であると、加藤さんは指摘しています。
「組織の中で語りが変化するときに、場面が転換する。語りが一人称になり、自分ごとので語りが始まると、周りに共感が生まれ、個人の孤立感が和らぐ。」「一人称の語りが生まれる場いわば『私が私について語る』場では、組織が活性化するという現象がある」


それでは、どうすれば「一人称の語り」を起こすことができるのか? いくつかのポイントを拾って、箇条書きで抜き出してみると……

 ・評価・判断されない「安全な場」と「語りのきっかけ」
 ・適度な緊張感と微妙な気楽さがある場(研修の場など)
 ・通常の分析モードを離れて、ナラティヴ・モードに入る
 ・感情的な反応を起こす
 ・問題を客観的に外側から語ることから、問題を内側から語る語りへのモード変換
 ・「組織の中の個人による語り」から「個人の中の組織についての語り」への変化

さらに、紹介されている実践例から、具体的な手順を紹介してみると

 1:研修の場で役員などのゲストを招き、一人称の語りをしてもらう
「その語りとは単なる先輩技師の成功談や自慢話ではなく、『あの時、自分はどう考え、どう判断し、どう行動したのか?』その時の感情も交えて、極めてパーソナルなエピソードを共有してもらうのである。ゲストがパーソナルなエピソードを開示する度合いが深ければ深いほど、参加者の中に共感や反発が生まれる。その感情的な反応こそが、今度は参加者自らの『一人称の語り』を誘発するのである」

 2:参加者同士で二人一組、四人一組と組み合わせを変えて対話を実施し、最後に円陣になって全体で共有する
「参加者が自らの一人称の語りの中に『〜たい』を見つけ、それが自分一人だけのものではなく、他の参加者と共通点を持っているという体験が、組織の中での孤立感を緩め、新たな一体感を醸成する」


 この論文を読んでいてふと思ったのが、コーチング・ワークショップの場です。コーアクティブ・コーチングのワークショップは通常3日間ですが、コーチングを学ぶだけでなく、参加者が自分自身に対しての大きな気づきをしたり、参加者同士がとてつもなく強いつながりとなります。それがなぜ起きるのかが、この論文を読むとよくわかりました。

 コーチングのワークショップではコーチングを学ぶという目的なので、参加者同士がコーチングをしあいます。そしてコーチングとは、まさに「一人称の語り」を行うことです。それは二人一組、三人一組といった形で行われ、その学びを円陣になって全体で共有します。そして、それを3日間に何度も何度も繰り返すわけです。必然的に参加者同士のつながりは強いものになりますし、参加者は自らの物語を再編集して、大きな変化を体験します。

 私はコーチング・ワークショップのリーダーをしているときに、コーチングのワークショップの目指すところが、参加者がコーチングできるようになることか、参加者同士のつながりを強くするのか、わからなくなったことがありました。今振り返ると、この二つは両立するようで、矛盾する部分もあったのだなあと思います。

 参加者同士のつながりができるから安心してコーチングを学べ、しっかりと身に着けることができる一方で、コーチングを学ぼうと「ナラティヴ・モード」ではなく「論理分析モード」に入ることは、参加者同士のつながりを強めることを妨げることにもなります。

コーチングを受けるクライアントとして、自分自身の気づきを起こすためには「ナラティヴ・モード」が最適だと思いますが、コーチングを学ぶうえで、それだけでいいのだろうか? 「論理分析モード」は不要なんだろうか? 自分自身が「論理分析モード」に入るので、そんなことを思ってしまいます。

 それはともかく、「一人称の語り」という視点で、あなたがかかわる場(職場、勉強会、家庭など)をみてみると、見えてくるものがあると思います。ぜひ、本書を読んでみられることをお勧めします。

 最後に本書の終章「ナラティヴ・アプローチの展望」です。これは序章と同じく、編者の野口裕二さんが書かれていますが、本書の全論文を俯瞰しながら見事にナラティヴ・アプローチの展望が書かれています。野口さんが抜き出したのは、「いまだ語られていない物語」というキーワード。
「大切なのは『いまだ語られていない物語』を引き出すことであり、そのきっかけはそれが有効であれば、極端な話どんなものでもよい。」
これは、本当の話や真実というものではありません。もしかして、これまでのカウンセリング、セラピー、さらにはコーチングも本当の話、真実の語りを聴こうとしていたかもしれません。
「あるいは『傾聴』、『受容』、『共感』などによって、『真実の語り』を引き出すための工夫を重ねてきた。しかし、ナラティヴ・アプローチが新たに注目したのは、そのような『真実の語り』ではなく、『新しい語り』、『別の語り』が語られる可能性である。つまり、隠れた物語を『発見』することではなく、新しい物語を『生成』することへと視野を広げる」。


さて、あなたはどのような「いまだ語られていない物語」を語るのでしょうか? また、だれのどのような「いまだ語られていない物語」を聴くのでしょう? さらには、われわれは、家族、会社、日本、資本主義社会などのどのような「いまだ語られていない物語」を語り、聴いていくのでしょう?

「いまだ語られていない物語」。

何かドキドキして、ワクワクする言葉です。
| 宇都出雅巳 | 聴き方 | 13:21 | comments(2) | - |
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池さん

 どうもご無沙汰です。お元気ですか?

 野口裕二先生との出会いを作ってくれたことに今も大変感謝しています。 あれからもう5年ほどになるでしょうか。それが加藤さんと野口先生との出会いに結びつき、本書の加藤さんの論文が生まれたわけですから。

 池さんがコメントに書いてくれた、本当・真実というものの息苦しさ、わかります。

 「本当に何がしたいの?」「本当はどうなの?」というのは、とても大きな力を持つ問いですが、それは「いまだ語られていない物語」を促すことに意味があり、本当なのか? 嘘ではないか? という枠組みにはまってしまうと、「いまだ語られていない物語」を語る自由さがなくなってしまいますね。

 「本当の自分」なんていうのも、「いまだ語られていない物語」を語っていく方便としてはとても有効ですが、「これは本当の自分なんだろうか?」という袋小路に入ってしまうと、「いまだ語られていない物語」を語るのとは逆になってしまうでしょう。

 「いまだ語られていない物語」を語る・聴くというのは、多くの人にとって救いになりますね。

 「いまだ語られていない物語」を語る・聴くという、「いまだ語られていない物語」を語っていきましょう!


 
| masa | 2009/04/21 11:33 AM |
おひさしぶりです。

>「いまだ語られていない物語」

ナラティヴ・アプローチのなかで、
とても魅力を感じている概念です。

本当の話・真実という枠組みは同時に、
本当でない話・嘘という枠組みを浮かび上がらせ、
その枠組みで話を聴かれるのが苦しいことがあったので、
「いまだ語られていない物語」という複数の物語が
評価軸の線上に順位付けられることのない見方は、
大いに救いでもありました。
| 池 | 2009/04/21 12:02 AM |









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