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自己意識は何のために生まれてきたのでしょう?
ニコラス ハンフリー
紀伊國屋書店
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(1993-11)

今、この文章を読んでいるあなたは、「自分」という意識を持って読んでいるでしょう。誰でもない、自分自身が読んでいることを自覚して読んでいると思います。

さて、この「自己意識」、簡単にいうと「意識」はなぜ生まれてきたのでしょう?

「生まれてきたも何も、これがないと生きられないし、生きていることにもならない」

そんなふうに思う人もいるかもしれません。確かに、自己意識というのはあって当たり前になっていますが、でも本当にそうでしょうか?

あなたがこれを読んでいるとき、何かしらの姿勢を保っていると思います。その姿勢を保つためには、いろいろと身体は調整を行っているはずですが、あなたはそれをすべて意識して行っているでしょうか? さらにいえば、呼吸。あなたは意識して吸って、吐こうとしていたでしょうか? そういわれると、呼吸に意識が向いたかもしれませんが、それまでは意識していませんでしたよね。でも、しっかりと呼吸を吸い、吐いていた。

このように、よく振り返ってみれば、われわれが生きている中で「自己意識」「意識」が占める、コントロールしている領域というのは本当に限られているものです。また、ほかの動物、さらには植物はどうでしょう? 彼らには「自己意識」「意識」があるでしょうか? 持っていると思えば、そのようにも見えますが、持っていないという仮定もできるでしょう。

このように、「自己意識」「意識」というのは、生きていくうえで当たり前のものではないのです。

それでは、なぜ生まれてきたのでしょう? 

そして、生き残るうえで何が役立っているでしょう?

本書では、自己意識は、それがあることで自分自身の状態や行動を説明できるようになる、さらには、そのことを使って、自分以外の他人の心を類推したり、感情移入したりできるために発展してきたと主張しています。

そのことが、人と人が協力しあうことを可能にし、集団を作り、さまざまなことを可能にしてきたのです。

生きている中で「自己意識」が中心であり、主人公だと考え勝ちになりますが、こんなふうな見方をすれば、中心、主人公というよりも、人と協力していくために必要な「器官」といった位置づけになるわけです。

「自己意識」を何か絶対的な存在ではなく、必要な機能を満たす器官だととらえれば、少し楽になる人もいるかもしれません。そして、自分自身の状態・行動を説明したり、他人の心を類推したり、感情移入することがよりよくできるように、「自己意識」を鍛えるという発想も出てくるでしょう。それがより「人間化」することにつながるわけです。

しかし、この「自己意識」の機能を逆に落とすことも行われています。自分自身の行動を説明したり、他人の心を類推しようとするのをストップすることです。それが必要となり、役立つのが「戦争」です。

本書の第9章「私たちはどこへゆくのか」では、軍隊の訓練において、「自己意識」の機能をどのように落としていくかが説明されています。落とすためのポイントは4つ。

「私」: 自らの感情を信頼できなくして、相手のことを類推する基準点をなくす

「私の行為」:自分の行為に対する責任を放棄させ、自分の行為は「彼ら(上官など)の行為」とする

「感動」:言葉を感情を伝える言葉ではなくして、理解や感情移入ができなくさせる

「あなた」:相手は人間以下の存在だというレッテルを貼って、自分と同じ人間だと考えさせない

さて、どうでしょう? これは戦争や軍隊の訓練だけでなく、ビジネスでも、いろいろな場面で多かれ少なかれ起こっていることかもしれません。

そして、逆に、この4点を逆の方向に動かせば、自分自身や相手の心を理解し、協力できる可能性があるわけです。

「人はなぜ自己意識を持つようになったのか?」

当たり前のものとなっている「自己意識」を改めて振り返ることで、新たな進化が始まるような気がします。「自己意識」を「自己意識」が振り返っているわけですね。

あなたの自己意識は機能していますか? ちなみに本書のキャッチコピーは

「人間は生まれながらの心理学者である」




| 宇都出雅巳 | | 13:50 | comments(0) | - |
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