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50年前のカウンセリングと今のコーチングの状況があまりにも似ている
 先々月、コーチングの基本的考えに対する大きな問題提起がありました。

それは、「コーチの主題(Coach's agenda)」です。

コーチングを知らない人にとっては、「この何が重要なの?」とか、「そもそも、これどういうこと?」と思われるでしょう。

私が学び、実践しているコーアクティブ・コーチングでは、基本的な考えである「4つの礎」の1つに、「主題はクライアントから(The agenda comes from the client)」があります。「クライアントの主題を支える(holding the client's agenda)」という表現もされますが、コーチングでは、コーチの主題ではなく、クライアントの主題を扱うことを強調したものです。

コーチが思う主題を扱ったり、コーチがアドバイスや指示を与えるのではなく、あくまでもクライアント自身がどう思っているのか、どうしたいのかに焦点を与えることであり、コーチングである以上、確かにこれは大事と思われるでしょう。

ただ、これがあまりにも前面に出ると、弊害も見られるようになりました。それは、コーチがただクライアントの話すことを聴いて、ただただついていくだけになりがちなことです。

そこで、「そもそもコーチングって何なの?」「コーチって何をしようとしているの?」という問いが生まれ、コーチがコーチングにおいて握っている軸というか、テーマ、つまり「コーチの主題」があるでしょ、という話になったのです。

これはとても大事なポイントで、私もそうでしょと思っているのですが、そんなとき、ある本の中で参考文献として紹介されていた本書のタイトルにグッと惹かれました。それは

「能動性と受動性」

まさに、クライアントの主題にただ従っていく「受動性」だけでなく、コーチの主題をしっかりと持つ「能動性」のことを言っているのではないか?と思ったのです。

読んでみて、著者の言う「能動性と受動性」は私が思っていたものとピッタリと重なっているわけでないことはわかりました。しかし、私が思っていた以上にさらに深い内容が本書には書かれていました。受動性と能動性もそうなのですが、今まさにコーチングが直面している大事なテーマが書かれていました。

それは、コーチングをすべての人間関係に適用できるのか? また、適用すべきなのか?

そして、コーチングの専門性とは何なのか? コーチは専門家、プロフェッショナルたりえるのか?

といったテーマです。かなり、長すぎる引用ですが、次の文章を読んでみてください。カウンセリングをコーチングと読み替えてもかなり当てはまることが多いことに、コーチングに触れたことがある人であれば気づくでしょう。



 ひと頃、カウンセリング・マインドということばがはやった。あらゆる人間関係にそれがどれだけ生かされているかによって、その関係のよしあしが決まるということであった。たしかにそう言いたくなる一面はある。しかしそのことが、カウンセリングの専門性をかなりあいまいにしたことは否めない。それはこのことばが、まだカウンセリングの専門性が明確でない。昭和30年代の後半頃から言われ始めたことと関係がある。

当時はいわゆるロジャーズフィーバーの時代であった(膨大なロジャーズの全集が、アメリカにもないのに日本だけ編集出版されたことからもうかがえる)。友田不二男の主宰するカウンセリング・ワークショップが各地で催され、熱狂的なファン(今からではそうとしか言えない)が多数参加していた。そこでの体験は、たしかに参加者の日常性を打ち砕くほどのインパクトをもっており、多くの人が本当の自分に触れた、という実感をもった。それは今日の潜在能力開発プログラムの体験に似ている。参加者はほとんどが教員、企業の人事担当者など、心理学の素人たちだった。もっとも、当時世話人と呼ばれたリーダーたちも、臨床体験ということでは参加者とほとんど変わらない人が多かった。ロジャーズの考えがベースにあったから、みんな自分の経験を、共感、受容、純粋さといった枠組みで納得しようとしていた。そしてそのようなあり方を、いかにして日常の人間関係に生かすかが模索され、それがカウンセリング・マインドの強調につながっていたと思う。

しかし、非日常体験を日常体験につなぐことは容易なことではない。魔法の輪の内側にいないと危険であることはすでに述べた。何らかの行に入る時、導師の存在が決定的に重要なのはそのためである。しかし当時のワークショップの参加者たちは、そういうことを一切知らなかった。そしてひたすら感動し、ワークショップのグループ体験をカウンセリングの実践で生かすのはもちろん、日常の人間関係にもとり込もうとしていたのである。結果は無残なものであった。というより無難と言うべきか。非日常性がそれほど深くないこともあって、時にひどく不安定になる人はいても、たいていは一種の快いレクリエーション(再創造)体験にとどまった。(中略)

私の場合には、ワークショップ参加の直後一度バカに物言いが楽になって、これがロジャーズの言う「完全に機能していること」か、と思ったことがある。残念ながらその感じは二、三日で消えてしまい、口惜しく思った。後には、日頃自分が日常的な役割意識にがんじがらめになって、いかにホンネを抑えこんでいるかという理論的な洞察だけが残った。それはそれで貴重なものであったと思っている。
要するにカウンセリング・マインドということばは、ほんのちょっぴりカウンセリングをかじった素人たち(私もその一人であった。そこから専門家としてのアイデンティティを確かめるのに、自分なりに相当苦労したと思っている。できればこれからカウンセラーを志す人たちに、私の経験した無用の回り道を避けてもらいたい、というのが本書執筆の一つの動機でもある)が、主にワークショップ体験に基づいて言い出したものである。しかもその頃、リーダーと目された人たちの認識も、素人集団のそれとあまり変わらなかった。現在、名実共にわが国の心理臨床のリーダーシップをとっておられる方の多くは、当時は、留学中か留学前であった。
いかがでしょう? 全く同じではありませんが、同じような歴史が繰り返されているとは思いませんか?

本書では学校にカウンセリング的教育が導入されたときのことが多く取り上げられていますが、今のコーチングでいえば、企業へのコーチング的マネジメントの導入に当たるでしょう。

もちろん、当時のカウンセリングと今のコーチングは違います。そして、時代環境、社会の変化から、よりコーチング的要素がさまざまな関係のなかで求められ、活用可能になっている現実もあります。私自身、コーチングをマネジメントに活用して、大きな変化を起こしましたし、さまざまな企業で働く人たちにコーチングを伝え、その人たちがポジティブな変化をもたらすのを目の当たりにしました。

ただ、その一方で、何か見落としているものがあるかもしれないと思っています。本書で書かれている経験は何か示唆を与えてくれるように思います。そして、コーチング、コーチの専門性とは何か、それを確立することについては、まさに今直面しています。

カウンセリングとコーチングの違いや時代の違いはあれ、本書からいろいろな学びがとれるでしょう。

そのほか、あまりにも書きたいこと、引用したいことが多すぎて収拾がつかないので、今はこのへんで終わりにしておきます。

8年前の出版で今はほとんど読まれていない本のようですが、さまざまな問いかけがしてくれる本です。
| 宇都出雅巳 | コーチング | 01:34 | comments(0) | - |
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