宇都出ブックセンター

本が大好きな宇都出雅巳(まさ)が、本の紹介をしています。
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「道具の使用」が「心」・「自己」・「知性」を創った

本書を手に取ったきっかけは、このブログでも紹介した『ミラーニューロン』で、本書の第3章「知性の起源--未来を創る手と脳のしくみ」を担当している入来篤史さんの研究が紹介されていたからでした。

入来さんは、人間の知性の起源は「道具の使用」ではないかと考え、生物、動物、そして手から道具、さらには時間の流れの出現までたどっていきます。

章を構成している見出しを紹介すると次のようになります。

1:ヒトは生物である−−それは秩序を創る命を生み出した

2:ヒトは動物である−−それは動くために脳を生み出した

3:ヒトの手と眼の特異な形態−−それは動かすための装置となった

4:見て確かめて巧みに動かす脳のしくみ−−それは自己の動きを自覚させた

5:道具を使う脳神経の働き−−それは物を動かす心を産み出した

6:ヒトは心を宿し道具世界に生きる−−それは時間の流れを産み出し未来を創った

ヒトは動物です。動物とは文字通り、「動」くもの。ただし、もともとは「動く」といってもそれはえさを見つけるため、もしくは危険から逃げ出すためのものです。運動器官も感覚器官もその二つの目的の最適化されています。そして、この運動・感覚器官の仲立ちとして神経系が働くことによって、動物は周囲の環境の状況によっていちばん適した運動を、ほとんど自動的に行うのです。

つまり、動物の運動は、環境の中に組み込まれ、好むと好まざるとにかかわらず宿命的に最適化された、一連の「自然現象」の一部であると考えられるのである。

動物の運動も一連の「自然現象」の一部である。ついつい、われわれは動物の中に自由意志を見て、自然現象から自立したように感じますが、それは草や木が風にたなびいたり、太陽の方向に向かって伸びたりするのと同じといえるのかもしれません。

ですから、動物の行為を人間が観察すれば、あたかもそこに「意図や目的」があるかのように想定することはできるかもしれませんが、動物自身の心のうちにその「意図」が具体的にどう宿っているかは疑問に思えてきます。むしろ、その行為を発動する直接的な原因としての「意図的なもの」は、行為する主体というよりもその場の環境の中にあると考えた方がよさそうです。
こんなふうに自然に埋め込まれていた動物が自然から分離するきっかけは「手」、つまり移動する手段から「手」が解放されたこと。それが脳の発達を生み、視覚と体性感覚の統合を生み、さらには道具の使用による身体の客体化、そして「心」の誕生へと進んでいくのです。 普段、何気なく使っている「手」、そしてさまざまな「道具」。 これがわれわれの「心」、「自己」、さらには「知性」までも創りだしたのです。そして、その「知性」が新たな「道具」を創り、その「道具」がわれわれの「心」、「自己」、「知性」を創りかえるのです。 あなたは今、どんな「道具」を使い、それがどんな「心」「自己」「知性」を創っているのでしょう?
| 宇都出雅巳 | | 06:57 | comments(0) | - |
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