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精神科治療からコーチングの導入・関係づくりを学ぶ

昔から、セラピーやカウンセリングの本は好きでよく読んでいましたが、最近は、自分が実践しているコーチングの参考のために、また再びよく読んでいます。

技法というか考え方が参考になることもありますが、日本におけるその歴史などを知ると、コーチングも同じような道のりをたどっている気がして、より大きな視点で考えることに役立っています。

ただ、「精神科」はちょっと離れているというか、方向性が違うということであまり読んでいませんでしたが、めずらしく読んでみました。

著者は数多くの著作がある中井久夫氏。中身はしっかりして、かつ、読みやすいという素晴らしい内容の文章を書く人です。

特に私が注意を引かれたのが、「治療の滑り出しと治療的合意」の章。

コーチングを実践する中で、そのセッションももちろん大事ですが、最初の導入、そして関係というか合意がとても大事だということを強く感じています。コーチング用語でいうと、「導入セッション」、「意図的な協働関係」という部分です。

この章の冒頭では、治療、病気の回復を山登りにおける「下山」にたとえて語っています。

山の頂上から下界を見下ろすと、ふもとがすぐそばに見えますね。じつはとても長い道のりなのに、「すぐに降りられる」と思って、結果的に焦ってしまう。同じことが治療においても起こるというのです。

コーチングは、病気の回復というより、目標の達成が目的となることが多いですから、「登山」にたとえることができるかもしれません。そこでも同じですね。ふもとから見る山の頂上はけっこう近くみえる。目標がはっきりすれば、すぐに届きそうな気がして、最初から飛ばしがちになる。しかし、それがあだとなって途中で疲れてしまう。また、こんなことも書かれています。

 
下山はまた、次第に眺望を失ってゆくことでもある。下山のはじめほど、美しく全的な眺望を享受できる時はない。下るにしたがってそれはなくなる。暗く湿った森の長い道のりに入り込んでゆくのがふつうなのだ。

これもコーチングにおける「登山」でも同じですね。最初はクライアントは意気揚々としている。しかし、目標に向かって進むと、さまざまなことが起こり、目標を見失いがちになる。それは、目標に向かって進んでいるのですが、ふもとから目標を眺めていたときに比べると、目標は確かに見えにくくなる。そこの違い、変化をあらかじめ、コーチもクライエントも知っておくことは重要だと思いますね。

また、クライエントの断る力を育てることも強調しています。それがクライエントの「内的な感覚」を育てることにもなると同時に、医者と患者の関係を平等にするからです。

患者の中に、はっきり人にむかって「ノー」といえる力を呼びさますことは、われわれの仕事の不可欠な一部である。
治療は、どんなよい治療でもどこか患者を弱くする。不平等な対人関係はどうしてもそうなるのだ。その不平等性を必要最小限にとどめ、患者が医師に幻想的な万能感を抱かず、さらりと「ノー」といえることが必要である。

コーチング、とりわけ私が学び実践しているコーアクティブ・コーチングでは、文字通りコーチとクライエントが「コーアクティブ」、つまり、お互いに「アクティブ」である関係を大事にしています。とはいえ、コーチとクライエントという役割の中で当然ながら、そこに上下関係のようなものが生まれる危険性というか可能性は常にあります。それを自覚し、ここで書かれているようなクライエントが「ノー」ということを尊重し、呼びさますことはコーチングにおいても大事でしょう。

たとえば、コーチングにおいてコーチがクライエントに具体的な行動を要望することがあります。それに対して、クライエントは「イエス」「ノー」「逆提案」という3つのオプションがあり、それをちゃんと教育します。ただし、それでもなかなか「ノー」といえないものです。なので、実際に「ノー」(日本語では、いいえやりたくありません」ということを言葉に出してもらって、なれてもらうのも意識的に行う必要があります。

そのほか、患者の家族との合意。精神病の場合、入院をきっかけに家族から家族が置き去られやすくなります。そうならずに家族への再統合の道を開くために、合意をしっかりととることの必要性が語られています。また、守秘義務などの情報の取り扱いをどうするのかもちゃんと家族に伝えておくことも大事だといいます。

「あなたのおっしゃることは本人に話すかも知れませんが、本人の話をあなた方に話さないのは医師法に規定されていることです」と告げることも必要である。本人には「君が私に話したことは家族には伝えない。家族の話は君にいうけどね」と告げる。

コーチングにおいても、企業からの依頼でコーチングを行うことはよくあります。その際、クライエント以外に、人事部の担当者やクライエントの上司、さらにはそのまた上司という関係者が存在します。関係者の多くは、コーチングで何が話されているのか、どんなことが起こっているのか、知りたいと思います。それを目的でコーチングを依頼してくるような場合さえあります。

その場合にどうするのか、あらかじめ関係者全員に守秘義務をはじめ、情報の共有のしかたについて合意をとっておかないと、あとでもめます。私も何度も経験しました。

企業に限らず、親から子どものコーチングを依頼される場合もあるでしょう。

コーチングでも利害関係者に対する配慮することは伝えられますが、実践における重要度ほど、コーチ養成のコースでは伝えられませんし、もし伝えたとしてもそういった現場に直面しなければ重要性もわからないでしょう。コーチングも日本に入ってきてまだ日が浅いため、こういった実践におけるツボとかポイントといったものは、まだまだ整理されておらず、これからだと思います。なので、こういった精神科医やカウンセリング、セラピーなど、対人援助の先輩の智恵を学ぶことはとても大事だなあと改めて思います。

そのほか「気働き文化の力」という章では、日本における「気ばたらき」が重視されていることを指摘し、「こころ」と「気」の違い、そして休息の大事さを言っています。

極端にいえば、労働量よりも何よりも「気ばたらき」がわれわれのいう「はたらき」である。課長が入室すれば、仕事の手をやすめて(目礼しないまでも)課長の入室をそれと認めるしぐさをすることが大事である。他国の多くでこういうことがぜんぜん起こらないとはいわながい、重視されはしない。
実際、患者は働くのが下手なのでなく、休むのが下手(あるいは休むとあまりに対人的安全保障感が低下するので休めない)というほうが実情であろう。よく働ける人は必ずうまく休息する人である。

コーチングにおいてもそれが前提としている価値観、文化があったり、コーチ自身にもそれぞれの価値観、文化があります。そして、この日本であれば日本の価値観、文化があります。どれがいい悪いではありませんが、それを自覚しておくことは必要でしょう。

そして、精神科医にしろ、カウンセラー、セラピストにしろ、クライエントと接する中で、単なる個人を超えた文化、価値観と直面することが多いと思います。

精神科医の土居健郎氏が『甘えの構造』という本を書いたり、心理療法家の河合隼雄氏は『中空構造日本の深層』という本を著しています。

コーチングというものは、その人らしさを発揮するためといわれていますが、そこには常に社会に適応させる、会社に適応させるという力が働くのは事実だと思います。それ自体も否定できないことであり、それも考えつつ、ただし、それだけにならないためにも、こういった文化や価値観を自覚し、コーチングを実践するコーチの中から、その中で直面した日本社会や日本の会社における文化などを語る人が出てきたら、コーチングも1つの専門職、プロフェッショナルになったといえるかもしれません。

| 宇都出雅巳 | コーチング | 00:18 | comments(0) | - |
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