宇都出ブックセンター

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社会の不正に憤る龍馬は賢いのか? 馬鹿なのか?
 突然ですが、こんな状況を想像してみてください。

あるお金持ちのAさんがあなたと友人のBさんのところにやってきて、100万円のお金をわたし、それを二人でわけていいですよと言いました。ただし、Aさんはお金の分け方にルールを決めてそれを守ることが条件だとしました。その条件とは次のようなものです。

1) 100万円をどのように分けるのか、あなたとBさんであらかじめ相談してはいけません

2) お金をどう分けるかは、Bさんが一方的に決めて提案、あなたはBさんの提案を受け入れることも拒否することもできます。

3) あなたが提案を受け入れれば、Bさんもあなたもお金を手にすることができます

4) あなたが提案を拒否すれば、Bさんもあなたもお金をまったく受け取ることはできません

 そして、Bさんは、Bさんの取り分を80万円、あなたの取り分を20万円という提案をしました。さて、あなたはどうしますか?

 「なんでこんなに不公平なんだよ!」と怒って、提案を拒否して結局、一円も受け取らないでしょうか? それとも、「20万円でももらえれば……」と言って、提案を受け入れるでしょうか?

 合理的に考えれば、1円でも多くもらえたほうがいいわけですから、どんな提案であれ(たとえ、Bさんが99万9999円、あなたが1円の提案でも)、提案を受け入れたほうがいいわけですが、実際にはそうなりません。

 自分の取り分が減れば減るほど、提案の拒否率は高くなることが実験で確かめられています。(実際の実験では、100万円ではなく、10ドル、つまり1000円ほどの金額です)

 あなた自身もそれはそうだろうと思うでしょう。われわれにとって、単純に自分の利益、損失だけで判断するのではなく、他の人々の利益、損失によっても大きく影響を受けるものなのです。「他人の不幸は蜜の味」なんてこともいわれますし、他人の幸せが自分を不幸な気持ちにすることもありますね。

 とここで終われば、人間って単純じゃないなあ、他人との相対的比較の中で生きているんだなあということですが、本書は脳科学の本。この提案を受け入れるかどうかに影響を与える脳の特定部分に話は進んでいきます。

 その脳の特定部分とは、「腹内側前頭前皮質」

この部分に傷を負った人は、先ほどの状況で提案を拒否する比率が、傷を負わない人にくらべて高かったのです。これはどういうことなのでしょう?
 この腹内側前頭前皮質は自分の感情のコントロールするうえで大切な働きをしていると考えられており、この部分に傷を負っている人は、感情をコントロールする働きが失われているために、不公平な提案をうけたときに起こる怒りを抑えることができずに、提案を拒否するという仮説が立てられています。

そうすろと、社会的不正に立ち向かい、正義のために立ち上がるという人は、もしかして、感情のコントロールが弱いだけ。。というのかもしれません。

大河ドラマでは坂本龍馬をはじめ、幕末の志士たちが描かれていますが、彼らは自らが危険を冒すことを省みずに、大義に身を投じています(といってもさまざまな欲がからんでおり、単純ではありませんが)。彼らは当時の時代でいえば、ほんの一握りの少数派であり、ほとんどの人は、さまざまな不正や矛盾にもある程度目をつぶり、そんなに怒らずに生きていったわけです。

あれこれと怒らずに心穏やかに生きていくほうが、真っ当な生き方というかすぐれた生き方という考えもあるでしょう。このあたり、何が賢くて、何が馬鹿なのか簡単には割り切れないところではあります。

また、心穏やかな人、社会のために立ち上がる人など、その人の人となりを示すものが、脳の一部に傷があるかどうか、もしくはその機能が活発かどうかが関係するというのもなんともすぐには結びつかないですね。

さらには、この不公正、不公平に対する怒りに対して、セロトニンという脳内物質が多いか少ないかが影響を与えるといいます。実際に、セロトニンの量を調節して、先ほどの実験を行ったところ、セロトニンが欠乏した状態では、提案の拒絶率が上がったといいます。

そして、セロトニンは抗うつ剤のSSRIで量の調節が可能だそうです。

本書の著者は、不公平に対する怒りの度合いは、その人の価値観にかかわるものととらえ、SSRIは人の価値観を変える薬ではないか?という問題意識を提示している。

著者は精神科医であり、実際にSSRIを処方しているのですが、こんな例を紹介しています。

ある地方公務員のAさんは、職場が変わってから、そこの上司にさんざんいやみを言われて、うつ病になって診療を受けにきた。そのAさんに、SSRIを処方し治療する中で、無事に職場復帰を果たしました。そのAさんが治療後に言った感想は
「これまでだったら上司の不当な小言や命令に腹をたてていたのに、このごろはたいしていらいらすることもなくなりました。これでいいのかと思いつつも仕事ができているし、人間関係もスムースになったので、本当によかったと思います。」
これにたいして、職場への無事復帰を祝いつつも「果たして、本当にそれでよかったのだろうか?」と思うことがあるといいます。
SSRIでの治療は、奇妙で不当な会社のしきたりと真正面から戦って力尽きかけていた人に対して、その人の価値観を変更することで心の危機を救うというなんともおかしな解決を導いているのだ。
さらに、著者は、このSSRIに限らず、ほかの薬物、カウンセリング、そして家族や教師、上司、同僚など周囲の人から日々、価値観に変更を加えられているという事実を改めて指摘しています。

何が正しくて、何が間違っているのか? だれが賢くて、だれが馬鹿なのか?

自分などは、不公平なことにけっこう怒りがちで、「なんでみんな怒らないんだ!」なんて思って、そのことでまた怒るということもよくあります。 それを少しは正義感があるほうと、肯定的に思っている部分もありましたが、単に感情のコントロールをする脳の機能が弱いだけなのかもしれません。

またセロトニンなどの脳内物質が単に欠乏しているだけかもしれません。

そう考えると、怒ったりするのが滑稽にも思えます。 うーん。


| 宇都出雅巳 | | 22:00 | comments(0) | - |
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