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宮澤賢治と高木仁三郎さん

3.11の大震災で、福島第一原発の事故が起きて以来、高木仁三郎さんのことがずっと頭から離れません。

 このブログでは、その著書のうち、4年ほど前に『市民科学者として生きる』、そして先日『原発事故はなぜくりかえすのか』を取り上げました。

 
 事故から2ヶ月経った今も、まだ、福島第一原発の事故は収束を見せておらず、周辺の住民の方々の避難も続いています。

 そんな中、昨日、浜岡原発の運転停止が決まりましたが、原発を推進するのか? 維持するのか?それとも、廃止するのか? 原発をめぐる議論も続いています。

 もし、今、高木仁三郎さんが生きていたら、何を言うだろう?

 高木さんの本を読み返したり、20年以上前になる「朝まで生テレビ」の議論をyoutubeで見たりしながら、考えていました。
 
 この「朝まで生テレビ」は、20年以上前にこういった議論が起きながら、なぜ事ここに至ったのか……。原発にほとんど無関心になっていた自分も含めて、考えさせられます。

そして、また、将来20年後に、振り返ったときに、また同じようなことを思わないためにも、ごらんになることをお勧めします。

かなり長い番組で、youtube でも15個に分けられてアップされています。

最初から見ると最後までたどりつかないかもしれないので、後ろのほうから見ることもお勧めです。

 たとえば、こちら→ http://youtu.be/LdLyzBCAmvI

(高木さんが出演されていたのは、原発をテーマに取り上げた「朝まで生テレビ」の第2弾です。
 第一弾もアップされていますので、余裕がある方はごらんください。
  → http://youtu.be/XY6Ia3BF5iw


 もし、今、高木仁三郎さんが生きていたら、何を言うだろう?


 先日、新聞の週刊誌の広告で「電力会社からの「口止め料3億円」を断った科学者がいた」とあり、これは高木仁三郎さんのことだなと思い、その週刊誌の記事を読んでみました。

やはり、高木さんのことを取り上げた記事でした。

その中で、高木さんとともに反原発運動に協力していた安斎育郎さんという学者の方のコメントが載っていました。

 「もし高木さんが生きていたら、福島の事故に対して、『申し訳ありません』と謝ったでしょうね」

「確かに……そうだろうなあ」と私も思いました。 そして、なぜか泣けてきました。

本書は、高木さんが宮澤賢治をテーマにした2回の講演と、「雨ニモマケズ」についての思いを書いたものの3つからなっています。

3つめの『「雨ニモマケズ」と私』の中で、

  
 「雨ニモマケズ」の


   ヒデリノトキハナミダヲナガシ

   サムサノナツハオロオロアルキ


について、次のように書かれています。

「私の知る限り、今の科学者たちはまず人間として涙を流し、オロオロするところから出発しようとしない。その前にすべてをデータとしてクールに受けとめてしまう。そこに今日の科学の原点にある問題がひそんでいるのではないか、と私は感じるのです。そしてそういう思いで、もう一度この二行を読むとき、強い強い共感を覚えるのです。」

「朝まで生テレビ」で、原発推進派の一人として出席していた石川迪夫さん(日本原子力技術協会 元理事長)は、福島第一原発の事故のあと、ニュース番組に解説者として出演した際、福島第一原発の事故を説明する中で「面白いことに」といった言葉も使いながら、楽しそうに解説していました。
 → http://youtu.be/iSG7K38VSpg

高木さんと、原発推進か反対かの立場の違いだけでなく、その生き方というか、科学者としての姿勢に大きな違いがあると感じました。

自分自身、「人」よりも「事柄」に焦点がいく人間で、本質的には高木さんよりも石川さんのほうに近いと思うので、よけいに、嫌になりました。。。

それはさておき、本書の

 『賢治をめぐる水の世界』

 『科学者としての賢治』

 『「雨ニモマケズと私』

を読んで、高木さん、そして宮澤賢治がグッと身近な存在になりました。

宮澤賢治については、小学校のときに『カイロ団長』というお話の演劇をしたぐらいで、ほとんどその作品を読んだことはありませんでした。

ただ、奥さんが宮澤賢治が好きで、花巻や盛岡に一緒に旅行したり、子どもために宮澤賢治の絵本をよく借りてきたので、少しずつ身近になっていました。

このブログでは、『自我の起原』という本で宮澤賢治が取り上げられていたので、少し触れた程度です。 → http://utsude.jugem.cc/?eid=142

宮澤賢治もさらに読んでみたいと思います。

もし、宮澤賢治が今生きていたら、何と言っただろう?

| 宇都出雅巳 | 高木仁三郎 | 17:31 | comments(4) | trackbacks(0) |
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ゆきのさん

 初めまして。コメントありがとうございます。

 そうですね。高木さんは自らそういうところを通ってこられたからこそ、危機感を強く感じておられたのだと思います。

 『市民科学者として生きる』のなかでも、日本原子力事業で働いていた当時、「私は放射性物質の挙動があまりにも複雑で分っていないことが多いと思い、その基礎の研究を充実しなくては安全は確保できないと思っていたわけだが、その研究にのめりこめばこむ程、他方で自分の身のまわりの放射能の安全には鈍感になっていた。」と書かれています。


 なお、実験に関しては、また別の視点から高木さん自身が『宮沢賢治をめぐる冒険』に書かれていたので、そちらは記事としてアップしておきました。そちらもあわせてお読みください。


 >高木さんが生前あれほど警告してくれたのに、大多数の
人は殆ど目を向けず耳を傾けなかった、このことは日本人みんなで反省しなくてはいけないでしょう。

 ほんとそうですね。

 もちろん、意見はいろいろあってもいいですが、まずは高木さんが主張したことを受け止めてもらいたいですね。

 先日、朝日新聞の「私の視点」という欄に日本原子力協会参事なる人が主張を寄せていました。

 「原発を推進して安全性を主張してきた私は、今回の事故を、無念さと深い反省が交じった複雑な思いで受け止めている」と、謝罪するわけでもない、なんとも微妙な姿勢で、

しかも最後のほうでは、「これまで推進派、反対派ともに、自らに都合の良い理屈と証拠を集めて議論してきた。今後はそれぞれが逆の立場で議論し直すような、大きな発想の転換をしていく必要がある」という、全部を一緒くたにして自らの責任を薄めるようなわけのわからない話をしています。

 また、ツイッターでは、「原発推進と反原発の蜜月時代は終わった」という記事がリツイートされていました。

 そんなふうに思っているからこそ、今回のような事故が起きてしまったんだ。。と感じました。

| 宇都出雅巳 | 2011/05/16 9:32 PM |
カキさん

 いつもコメントありがとうございます。

 私の「もし、宮澤賢治が今生きていたら、何と言っただろう?」を受けて書いてもらって、感謝です。

 私の目にも、宮澤賢治が生きている姿が見えた気がします。

 ちゃんとまず一人の人として立っているという印象を受けました。

 私もそうなりたいと願います。

宇都出

 
| 宇都出 | 2011/05/16 8:32 PM |
初めまして。
どうしても科学者は実験が面白いという気持ちがあるのでしょうね。高木さんも著書「元素の小事典」の中で爆弾の爆発によってある元素が見つかったエピソードを「面白いな」と
思った後でとんでもないことだったと気づいたと自省していました。高木さんも聖人君子というわけでなく悩みながら
行動されていたのだと思います。

高木さんが生前あれほど警告してくれたのに、大多数の
人は殆ど目を向けず耳を傾けなかった、このことは日本人みんなで反省しなくてはいけないでしょう。
| ゆきの | 2011/05/16 4:15 PM |
宇都出さんこんばんは。
 宮澤賢治さんが今の石巻に生きていたらを勝手にちょっと想像してしまいました。

(未ダ原発ヲ擁護推進スル者有レバ「危ナヒカラヤ止メロ」ト云ヒ、
 「ナルベク漁の邪魔ハシナイカラ」ト、洋上風力ノ建設承認ヲ漁業権者ニ説ヒテ廻リ、
 津波デ流サレタ跡地ニ太陽光パネルヲ設置セムト地権者ヲ尋ネ廻ルモ其ノ者達ノ苦労話ニ慟哭、「大丈夫カ?悲シマセルツモリジャ無カッタ」ト逆ニ心配サレ更ニ泣キタリ。
 今ハ泣イテイル暇ハ無イ、5年後10年後ノ子供達ニ放射能ノ影響ガ出ズ、笑顔ガ輝ク其ノ時マデ...。」

 悪文御免m(__)m
| カキ | 2011/05/14 10:31 PM |









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