宇都出ブックセンター

本が大好きな宇都出雅巳(まさ)が、本の紹介をしています。
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宮澤賢治と高木仁三郎さん その2
 
 先日、高木仁三郎さんの『宮澤賢治をめぐる冒険』を紹介しました。
   → 「宮澤賢治と高木仁三郎さん」

 その記事にいただいたコメントの中で、科学者と実験に関するものがありました。

 実は、それに少し絡むことを高木さん自身が『宮澤賢治をめぐる冒険』の中で書かれており、私も自分のメルマガで紹介していたので、そちらの内容をこちらにも転載しておきます。

 前回の記事と重複する箇所もありますが、ご容赦ください。

 以下、メルマガからの転載です。
 あの地震、津波が起きてから2ヶ月がたちました。

  
  前号でも取り上げましたが、この2ヶ月、ずっと高木仁三郎さんのことが
  頭から離れません。


  高木さんの遺書とでもいうべき、2冊の本、


  『市民科学者として生きる』→ http://utsude.jugem.cc/?eid=101

  『原発事故はなぜくりかえすのか』→ http://utsude.jugem.cc/?eid=202


  何回も読み返しています。


  原発を推進するにしろ、反対するにしろ、ぜひ高木さんの著作は共通認識として、出発してほしいなあと思います。

  そして、原発問題を単なる技術論にしてほしくないとつくづく感じます。

  たとえば、今回の福島第一原発の事故を受けて、非常用電源を高台に移せば大丈夫、電源車を配備すれば大丈夫なんていう話もありますが、そういうレベルの話ではないと思うんです。

  そういうレベルでは、いつかはまた破綻をきたすのではないでしょうか。


  昨日、高木仁三郎さんが宮澤賢治について語った話をまとめた『宮澤賢治をめぐる冒険−− 水や光や風のエコロジー』(社会思想社)を読みました。
 (ブログでも紹介しました→ http://utsude.jugem.cc/?eid=207

  その中で、高木さんが宮澤賢治とご自身を重ねて、「実験科学者」と言われていることにハッとしました。
実験科学者は物事をあれこれ考えるよりも、まず、やってみる。やってみる中で思うようにいなかったことは決して単なる失敗ではないんです。むしろ、思うようにいかなかったことが新しいものを生むんです。
予想した結果だけなら大発見でもなんでもない、あたり前のことが起こっているだけですから。ですから、失敗といいますか、こちらのほうが真に、自分を賭けるに値するものともいえるの です。
  高木さんは、「希望」という言葉をよく使われていました。

  『市民科学者として生きる』にも「あきらめから希望へ」という言葉が出てきます。
    → http://www.utsude.com/mailmag_1/mm_1/mm1_016.htm

  私にはこの明るさというか、楽観主義的なところが、もうひとつピンとこないできました。

  それが、この「実験科学者」という言葉で腑に落ちました。

  実験だと思うから、自分がそこで倒れたとしても、そこから、自分の次の誰かにつながればいいと思っているから、前向きになれたんですね。

  以前、このメルマガで取り上げた田坂広志さんの言葉、 「志とは、己一代では成し遂げ得ぬほどの素晴らしき何かを、次の世代に託する祈り」を思い出しました。
  → http://www.utsude.com/mailmag_1/mm_1/mm1_049.htm
 
  そんな高木さんは、宮澤賢治の、ある意味「挫折」だらけの人生に大きな賞賛を送っています。

  かなり長いですが、引用させてください。
「挫折かもしれない」というその指摘が、ある程度当たっているということは私も認めます。そして、いかに実験といえど、最初から失敗するに決っているようないい加減なことをしてはいけない。我々はそれによって実人生を賭しているのですから、Aという実験が失敗した、それでは今度はBをやりましょう、というふうに簡単にいくものでも、いくべきものでもありません。そのことは踏まえておかなくてはいけません。その上であえて言えば、この挫折は私自身を含めて、私たちの間に多くの、実に多くの、実に多くの実りをもたらしたように思います。この挫折がなければ、彼がむしろ成功していたなら、これほど多くの実りにつながらなかったのではないかと思うわけです。そういう意味において、彼は一つの循環を生きたのであって、彼が土に還って、そこからまた多くの生命が生まれ、多くのブドリやネリが生まれたのです。彼はまさに、そのエコロジー的な人生を生きたのではないか。これこそ、真正の実験家であって、そのように実人生を生きることこそが、彼にとっての科学であった。私はそう思いたいのです。これはたぶん、そんなには、彼を間違って解釈していることにならないと思います。
 私自身を含めて、これからも私たちは新しい科学の出発であるとかいろいろな試みのなかで挫折していくかもしれません。けれどもそれを試みることに賢治が意味を与えてくれていると思います。つまり、限りなく私たちをふるい立たせてくれるものが、賢治の作品のなかにあるような気がするのです。
 「実験」とはいっても、高木さんはいい加減な意味ではなく、「実人生を賭する」という意味で使っています。


   世間の科学者の中には、今回の福島第一原発の事故を一つの実験、教訓のようにとらえて、ここからさらに安全対策をしていけばいい、というようなことを言う人がいます。
   たとえば→ http://youtu.be/zR9YoSB9-po
 
  一見、まともな話のようで、高木さんとは全く違っていることがわかると思います。

  そこには「実人生を賭している」という覚悟も気構えもないからです。

  高木さん、宮澤賢治という威をかさにきて、偉そうに言ったかもしれません。

  こう書くと自分にも跳ね返ってきますね。

  私は以前、このメルマガで「自分自身の人生の研究者になる」と書きました。
  → http://archive.mag2.com/0000098596/20101014090000000.html

  さらに覚悟を決めて、自分の人生を賭して、自分なりの実験をしていきたいと思います。


| 宇都出雅巳 | 高木仁三郎 | 20:54 | comments(2) | trackbacks(0) |
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コメントありがとうございます。

記事の最後では、「覚悟を決めて、人生を賭して……」と書きましたが、われわれは意識しようとしまいと、この一瞬、一瞬も自分の人生を費やし、賭してしまっているともいえますね。

高木さんも苦悩しながら進まれたように、あれこれ迷いながらも今この一瞬を大事に、今この一瞬だけでも、今日1日だけでもと、自分に納得できる生き方をしていきたいです。


「高木さんの優しさ」

ほんとそうですね。 そこから、優しくて、同時に竹のような強さを持った希望が生まれたように思います。

私は高木さんと直接話したことはなく、直接その姿を見たのも、20年以上前のデモ行進のときだけですが、その「優しさ」にひかれているのかもしれません。

そして、そんな「優しさ」を持った人がそれを持ち続けて人生を生き切られたということに、私なりの希望の支えがあるように思います。




| 宇都出雅巳 | 2011/05/18 9:34 AM |
記事を読ませて頂きました。ありがとうございます。
私も日常生活に追われて次の世代に残せるような仕事は
何もしていません。人生を賭けた仕事をしなくては
ならないと思います。
高木さんの希望というのはご自身が苦悩の果てに
辿りついた答えのでしょうか。高木さんの優しさ
から生まれたものであるような気もします。
こんな言葉も残されています。
長いですが引用しますのでお読み下さい。

「住民と自治体、国企業との関係で難しいのは憎しみ合いの関係になってしまうこと。私としては運動というのは基本的に怒りや憎しみに根差しているうちはだめだと思う。騙されたりするのだから、どうしても怒りや憎しみから出発せざるを得ない局面はあるが、それでは最後の解決にはならなくて世の中良くしていこうと思ったら、こういうことをやりたいという、希望とそれへの大きな喜びが基本にないと本当の
意味での運動はできないと思います。そういうところが大切になってくると思うんです。」(高木学校通信2000年より)

| ゆきの | 2011/05/17 6:37 PM |









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