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あなた自身が黒い白鳥(ブラック・スワン)なのだ!
 今は同名の映画が公開中ですが、本書はそれとはまったく関係のない本です。

とはいえ、本書はアメリカで150万部を超えるベストセラーとなり、日本をはじめ世界各国で翻訳された話題の書なので、ご存じの方も多いでしょう。

日本では2年前に翻訳出版されました。

本書の著者の前作・『まぐれ』がとても面白く(このブログでも紹介しました → http://utsude.jugem.cc/?eid=111)、すぐに当時、出版されたばかりだった本書の原書も手に入れました。

しかし、内容の難しさから歯が立たず…… そして、遅ればせながら日本語で読みました。

それでも、著者独特の言い回しのせいか、なんともすっと頭に入るような本ではなく、上巻で挫折しかけましたが、なんとか下巻にたどりつき、下巻は比較的読みやすかったので、ひととおりは読み終わりました。

著者はトレーダーで、基本は金融市場などマーケットの不確実性とリスクに関して書かれているのですが、3.11の福島第一原発の事故があり、ついつい、あの事故のことに引き寄せながら読んでしまいました。

原発の安全性をめぐっては、地震や津波が起きる確率やら、何百年、何千年に起こるかといった議論が行われています。

安全性を強くもとめる意見に大しては、「100%安全なんてありえない」とか、交通事故や飛行機事故の確率や死者数と比べて、原発は安全だという主張も行われています。

しかし、今の事故後の状況やこれからも続くであろうさまざまな被害を考えるときに、その大きな影響からすれば、確率がどうのこうのというのはあまり意味がないと思いませんか?

本書は次のような一節があります。

 

私たちは稀な事象の起こる確率なんてわからなくてもいい(稀な事象の起こる確率なんて、私たちには根本的に把握しきれない)。そんなものはわからくても、事象が起こった場合のペイオフや恩恵に焦点を絞ればいい。

 とても稀な事象の確率は計算できない。でも、そういう事象が起こったときに私たちに及ぶ影響なら、かなり簡単には見極められる(事象が稀であるほどオッズも曖昧になる)。ある事象が起こる可能性がどれぐらいかわからなくても、その事象が起こったらどんな影響があるかはちゃんと把握できることがある。地震が起こるオッズはわからないが、起こったらサンフランシスコがどんなことになるか想像はできる。意思決定をするときは、確率(これはわからない)よりも影響(これはわかるかもしれない)のほうに焦点を当てるべきなのだ。不確実性の本質はそこにある。私は人生の大部分をそんな考えで過ごしてきた。
「意思決定をするときは、確率(これはわからない)よりも影響(これはわかるかもしれない)のほうに焦点を当てるべきなのだ。」

原発に対してもこういう考え方で取り組むべきではないでしょうか? 

でも実際には、これとは真逆の、影響(これはわかるかもしれない)よりも確率(これはわからない)に時間もおカネもかけられていた(そして今も)のでしょう。

そして、そこには科学や人間の傲慢さもあるように思います。未知なものへの畏れが欠落しています。本書ではこんな一節もあります。
未知なものがわかることは決してない。定義によって未知は未知だからだ。でも、そんな未知でも、自分にどんな影響を与えるかを推し量ることはできる。何かを判断するときは、そんな推量に基づいて判断を下すべきだ。
トレードの世界で破滅をもたらすのは「損切りをしない」ことです。 損がいくらでても手仕舞わないということです。

短期的には、これはけっこううまくいきます。相場は行きつ戻りつするので、戻ってくることもよくあるからです。 そしてコツコツと利益を積み上げることは可能です。

しかし、いつかは破滅がきます。 積み上げた利益を吹き飛ばし、さらにすべての財産を失わせてしまうのです。

リーマンショックは記憶に新しいところですが、とんでもない暴落といった「想定外」のことが襲うからです。

もちろん、個人は有限な存在で死にますから、死ぬまでにそんな目にあわないですむかもしれません。でも、それはわかりません。

原発にしても、これまではコツコツと利益を積み上げてきたかもしれませんが、1回事故が起これば、それまでの利益を吹き飛ばすような事態になります。また、もともと、核廃棄物の処理や廃炉のことなどを考えると、事故が起きなくても大変だったかもしれません。

くり返しになりますが、本書が主張する意思決定のルールについて述べた箇所を引用しておきます。ここで出てくる「黒い白鳥」、すなわちブラック・スワンは「稀な事象」と考えてもらえればいいでしょう。
結局、これは全部、ちょっとした意思決定のルール一つに根ざしている。よい方の黒い白鳥にさらされ、失敗しても失うものが小さいときはとても積極的になり、悪い方の黒い白鳥にさらされているときはとても保守的になる。モデルの誤りがあっても、それでいい思いができるときはとても積極的になるし、誤りで痛い思いをする可能性があるときは被害妄想みたいになる。そんなの当たり前だとおもうかもしれないが、ほかの人たちはまったくそんなことをしていないのだ。たとえば、金融では、浅はかな理論を振り回してリスクを管理し、突拍子もない考えは「合理性」のじゅうたんの下に押し込んでしまう。
本書が嘆いている事態は、金融に限らず、原子力にまつわる分野でも起きているのではないでしょうか。

たとえば、評論家の池田信夫氏は、本書「ブラック・スワン」を引き合いに出しながら、
この点で今回の事故は、1000年に1度の最悪の条件でもレベル7の事故は起こらないことを証明したわけです。誤解を恐れずにいえば、国と東電の主張が正しく、軽水炉(3号機はプルサーマル)が安全であることが証明されたといってもいい。

と書いています。 「未知なものがわかることは決してない」という本書の主張とはまったく違う方向にいっており、私にはちょっと理解できません。

なお、原発に関する意思決定でいえば、個人ではなく組織の意思決定であり、さらに単純ではありません。

利益を受けた人が損害をこうむるとは限らないからです。

 たとえば、原発を推進した人は利益を受けたかもしれませんが、事故が起きても直接の損害を受けない人は大勢います。
 
リーマンショックを引き起こした金融機関のトップが高額の報酬、退職金をもらうようなもなものです。
個人レベルで考えれば、合理的な意思決定だともいえるわけです。

この点、以前、『組織の不条理』という太平洋戦争のときの日本軍の意思決定を扱った本を書かれた菊澤研宗氏に、私がインタビューした記事がありますので、ご興味のある方は読んでみてください。  

→ http://sternjapan.com/modules/bulletin_2/index.php?page=article&storyid=6
 

さて、あれこれ本書から引用し、書いてきましたが、最終章・第19章の最後、「おしまい」というところで、見事なオチがついています。


「あなた自身が黒い白鳥なのだ」


われわれが生まれ、生きていること自体が、「稀な事象」なのです。
 

私は、ごはんがまずかったとかコーヒーが冷たかったとか、デートを断られたとか受付が感じ悪かったとかで、一日中が惨めだったり怒っていたりする人に出くわしてびっくりすることがある。第8章で、人生を左右する事象の本当のオッズはなかなかわからないという話を書いた。ただ生きているというだけでものすごく運がいいのを、私たちはすぐに忘れてしまう。それ自体がとても稀な事象であり、ものすごく小さな確率でたまたま起こったことなのだ。

 地球の10億倍の大きさの惑星があって、その近くに塵が一粒漂っているのを想像してほしい。あなたが生まれるオッズは塵のほうだ。だから小さいことでくよくよするのはやめよう。贈り物にお城をもらっておいて、風呂場のカビを気にするような恩知らずになってはいけない。もらった馬の口を調べるなんてやめておこう。忘れないでくれ、あなた自身が黒い白鳥なのだ。読んでくれてありがとう。

さて、あなたは良い方の黒い白鳥でしょうか? 悪い方の黒い白鳥でしょうか?

| 宇都出雅巳 | - | 07:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
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