宇都出ブックセンター

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大空のサムライ−−かえらざる零戦隊
 太平洋戦争において、零戦に乗り、撃墜王としてその名をとどろかせた坂井三郎氏の空戦記録。

 本書は数多くの国で翻訳出版され、ベストセラーになったとききます。

 読んでみて、その明快、具体的な記述と、そこに流れるカラッとした空気、そして底流にある人間に対する愛情に、ぐいぐいと引き込まれ読んでしまいました。

 そこには多くの死が描かれているわけですが、タイトルにある「サムライ」という言葉にもあるとおり、死を覚悟した人の潔さというか明るさがあふれています。

 当時の空戦は、まるで長篠の戦い以前の騎馬武者の一騎打ちのような性格があったからかもしれません。

 ただ、そこには死を賛美するようなことは全く描かれていません。

 死と隣り合わせであるがゆえに、生きることの尊さ、人間や仲間との友情の素晴らしさが描かれています。

 昭和19年7月、特攻の命令を受けて出撃する際の心情が次のように書かれています。
俺の戦闘機乗りとしての生活も、いよいよきょうで最後か。俺の28年の生涯もいよいよきょうで終わりか、と思えば、さすがに、何かまだやりたりなかったことが残っているような気がした。
 長い長い戦場生活を通じて、そうとう激しい戦争の場数を踏んできているつもりだが、こんなふうに『死ね』と言われると、さすがに心にこたえる。まだ俺は人間ができていないのだろうか。
 空戦で、敵と相対し夢中になって戦っているときはそうでもないが、こんなふうに平静なうちに、これから覚悟して出ていくということになると、やはりちょっと待ってくれ、と言いたくなるものだな、と思った。
 この心理は、自分ながら奇妙なものだと思った。
この出撃を行ったのは後に日米の激烈な陸戦が行われた硫黄島の飛行場。運悪くか、運よくか、敵の機動部隊を見失った坂井氏は硫黄島になんとか帰り着きます。

その後、硫黄島は激しい空襲、艦砲射撃で乗るべき飛行機もすべてなくなり、坂井氏をはじめとする飛行機乗りは本土に帰ることになり、それが、本書の最後になります。

そこで書かれている情景は、阪神淡路大震災や、今回の震災をはじめ、多くのところでのギャップ、壁に共通しているように感じます。 かなり長いですが、引用します。
 
木更津飛行場に着陸して降り立った私たちは、ちょっと狐につままれたような気持ちになった。というのは、なんというのどかな空気−−戦争なんてどこでやっているのだ、というような静かな隊内の空気に面食らったのである。

 今のいままでの硫黄島の、あの激しい、苦しい戦闘の中から、いきなりこの内地へ放り出されて、私たちはその空気にすぐにはなじめかったのである。

 同時に、この隊の人々も、命からがら戦場を脱出してきたわれわれに対して、なんらの興味も、関心も持っていないようだった。じつに不思議なギャップである。戦争というものがこういうものなのか。sれとも敗戦と決定づけられた戦争の末期的症状なのか、私たちにはどうにもわからなかった。

 張り合い抜けしたような気持ちで、私はともかくも水道の蛇口のところへ飛んでいった。水飢饉の硫黄島から抜け出してきて、先ず思うことは内地の水だった。「水」は生理以上の要求だったのだ。

 私は水道の蛇口に口をつけて、水が口からあふれ、顎を伝って胸元に冷たく流れ込むのも構わず、むさぼり飲んだ。水というものはこんなにうまいものか、と思いながら私は、腹いっぱい飲んだ。
 
 気がつくと、ほかの連中もみんなこれをやっている。

 「ああ、内地の水はうまいなァ」と、大声で歓声を発しているものもいる。

 この一杯の水をのむために、あの激しい艦砲射撃と猛爆撃の中を苦労して生き抜いてきたのではないか、という錯覚せえ起こってくる。

 私は急に、人間の生命なんて、まことにちっぽけな無価値なもののように思えてきた。それにしても、いまこうして、内地の冷たい水を腹いっぱい飲んでいる自分たちと、4時間前に別れてきた硫黄島の戦友たち−−末期の水さえ十分に飲めない戦友たちとの、運命のひらきの大きさを、どう考えたらいいのか、私は迷うばかりだった。
この最後の段落は、それまでに600ページ以上におよぶ坂井氏の飛行気乗りへの道、そして零戦乗りとしての華々しい空戦の記録のあとだけにズシンと響いてきます。

このあと、硫黄島では栗林忠道中将率いる日本軍と米軍との激烈な戦いがあったことは、映画化されたこともあって、よくご存知でしょう。 このブログでも硫黄島に関する本を紹介しました。

 → あなたは硫黄島の戦いを知っていますか?

このあと、坂井三郎氏は戦後50年以上にわたって生きられ、2000年に亡くなられました。 おそらく、硫黄島と本土との間で感じられた「ギャップ」をいろいろな形でその後も感じられたのではないでしょうか。。

追伸

 「あとがき」に代えて として、「空戦に学んだ自己統御」ということで、坂井氏が当時の戦闘機乗りにとって重要だった目の訓練について、詳しく書かれています。

 その訓練の徹底ぶりをはじめ、ここの部分だけでも1冊の本になるほどの価値があるように思いました。

 本書を読んでいて、宮崎駿映画が思い浮かびました。

 「紅の豚」では直接、本書からの影響が見られるようですが、宮崎氏の映画は、風の谷のナウシカ、天空の城ラピュタなどでも、空を飛ぶシーンが中心的な役割を果たしています。

 そこには、本書の情景が重なるのです。 おそらく、宮崎氏は本書をかなり読み込み、参考にしているのでしょう。

 本書の中に、風の谷のナウシカの印象的なシーンを彷彿させる記述がありました。

 困難な帰還飛行の中で、部下を励ますために坂井氏が行った行動です。

 ぜひどのシーンか、本書を実際に読んで見つけてください。
| 宇都出雅巳 | - | 08:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
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