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『日本の禍機』:日露戦争直後に書かれた”予言”の書。真の「愛国心」を語る
司馬遼太郎は『坂の上の雲』など日露戦争までの日本は描きましたが、それ以降の日本は描きませんでした。それは日露戦争の「勝利」以降、日本が大きく変質していき、その日本に対し彼が嫌悪感を持っていたからだと思われます。

私自身、小学校から中高と日本の歴史を学ぶなかで、

「日清、日露(さらにいえば第一次世界大戦)までは勝って、いい感じできていたのに、なぜ、ああなって(日中戦争、太平洋戦争への突入・敗戦)しまったのだろう?」

と思い、特に昭和初期の歴史には興味を持って読んでいました。


今からみたら、バカな、おかしいと思える部分は多々あるとはいえ、「当時の日本人は当時の状況のなかで一所懸命考え、行動した結果だったから、仕方がない部分もあったのだろう」とも思っていました。(とはいいながらも、軍部からにらまれながらも、小日本主義を唱え続けた東洋経済の石橋湛山など、今から見れば非常にまっとうな議論を展開した人に引かれ、大学出て最初に就職したのは東洋経済でしたが……)

 
しかし、本書を読み、そのあまりの真っ当さぶりに、人間はやはりどんな状況であれ真っ当な考えを持つことができるんだという強い感動と安心を得ました。
 
私の個人的話が長くなりましたが、本書は今から100年以上前の1909年、比較法制学者でアメリカのエール大学教授であった朝河貫一が日露戦争直後に、変質する日本とそれによって迫り来る危機に警鐘を鳴らすために、書いたものです。
 

「今や世人が日本国運の隆盛を謳歌せるにあたり、余ひそかにおもえらく、日本は一の危機を通過して他の危機に迫りたりと。ただ今日は日本国民がほとんど全心全力を振い、驚くべき技倆をもって戦役の危機を通過して後、日浅きがゆえに、すでに早く別種の危機の眼前に来りたることを未だ意識せざるも無理ならず。かつ第二の危機は第一の危機と性質はなはだ相異なれり。戦争は壮烈にして一国の人心を鼓舞振作(はげまして勢いをふるいおこすこと)する力ありしも、今日の問題はすこぶる抽象的なり、はなはだ複雑なり、一見するところ平凡にして人を衝動するの力を欠く。これが解決に要するところは超然たる高明の先見と、未曾有の堅硬なる自制力とにありて、かの単純直接の先頭および犠牲のみのよく処理し得べきところにあらず。ゆえにあるいは僅少の識者これを洞観せるものあるべしといえども、目前の利害以上を見るの余裕なき大多数の輿論に対しては、いかんするも能わず、問題の解決はおろか、問題の何たるかを国民に告ぐることすら難きならん。今日、日本の要するところは実に反省力ある愛国心なり。まず明快に国家前途の問題を意識して、次にこれを処するに非常なる猛省をもってするにあらざれば、国情日に月に危うかるべし。」(P1213

 
朝河はアメリカにいて、日本を客観的に見る立場であったからこそ、冷静に見えたともいえます。本人も本書のなかで自分の立場を、欧米に対抗して清国(当時の中国)への利権を拡張しようという国権説に対してこのように語っています。
 

「余もまたもし日本の内地にあり、または満州居留の邦人間に住みしならば、あるいは一般の習気に化せられて、この説の羈絆(きずな・束縛)を脱する能わざりしならん。ゆえにこれに対しては多大の同情を表せざるを得ざるを覚ゆるなり。しかれども自国の内よりのみ自国を観るは易きことにあらず、ことに今日の日本のごとく国際間の地位激変したるものにとりては、これ全く為し得ざることなるがごとし。けだし我はただ国際社会の一新参者に過ぎず、我の外には清国あり、東洋あり、欧米列国あり。これを顧慮せずしてひたすら自国の利を主張する時は、たとい一時我に利あるがごとく見ゆることありとも、かえってややもすれば東洋を傷つけ、日本の前途を害するの悔いなきを保し難し。」(P125126)。

 
このように、自分の立場をも客観視しながら冷静に論を進めて、そこには激烈な言葉もありませんが、じわじわと著者の祖国日本を思う気持ちが伝わってきて、本書を読みながら、何度も涙を流してしまいました。
 
私のほうが感情的になって、なかなか本書を紹介できていませんね(苦笑)。
本書は大きく二つ(前篇・後篇)に分かれています。
 
 

 
前篇は「日本に関する世情の変遷」ということで、日本が日露戦争の結果、利権を得た南満州に焦点を当てて、日本が日露戦争で大義名分として掲げた「新外交の二大原則」(清国における門戸開放・機会均等と清国の独立主権・領土保全)に照らしながら、その変質と世情への影響を語ります。前篇の最後はこう締めくくられています。
 

「次にこの事情の関係するところ重大なりとは何ぞや。将来の日本の南満州における方針および行為、従来と異なることなくば、日本はすみやかに世界に孤立し、日本と共に東洋の主たるべき清国を我が敵とし、かつ彼をして他の強国に頼らしめ、東洋の平和および進歩のために貢献するところ大なるべき日本がかえってこれを妨ぐる張本人とせらるるにいたらんことこれなり。たとい当局者はすでに公平の見地に復したりとするも、国民また等しく同様の態度をとるにあらざれば、右のごとき危険は常に期せざるべからず。余はさらに篇を改めてこれら最後の諸点を細論せんと欲す。」(P121

 
後に満洲事変、そして太平洋戦争へと突入する歴史を知っている私たちから見れば、1909年の段階でそれを予見する人がいたことは驚きであり、同時に人間とは自分たちをなかなか客観視できないことを痛感させられます。
 
それはさておき、続く後篇は「日本国運の危機」として、日本ではびこりつつあった国権説(欧米に対抗して清国への利権を拡張しようという説)を取り上げ、それを批判しつつ、アメリカという当時の(そして今も)大国を取り上げ、日米関係について論じています。
目次でみると一目瞭然なので、目次を挙げておきましょう。
 

後篇 日本国運の危機
 

  • 戦後の日本国民多数の態度に危険の分子あることを論ず
国権説は機に後れたり
国勢は激変して国民の態度はこれに副わず
国民の危険なる態度、国運の危機

  • 日本と米国との関係に危険の分子少なからざることを論ず
米国人の日本に関する感情の変遷
日本人の米国に関する思想の浅薄
日、清、米の重大なる関係
米国と新外交、清国の信頼
米国人民の東洋に関する輿論
米国為政者の東洋に関する思想 ローズヴェルト氏、タフト氏
 
著書の朝河は日露戦争においては日本の立場を世界に理解してもらうべく奔走し、講和に際してアメリカが日露の仲介を取る流れを作った立役者と言われているそうです。その朝河にとって、日露戦争後の日本の傲慢な態度が許せなかったのでしょう。
 

「我が戦勝の原因は、ただ武人兵器の精鋭のみにあらず、武士道の発揮のみにあらず、はた全国一致の忠君愛国心のみにもあらず、これ皆重大の原因なりといえども、これと同時に実に絶体絶命止むを得ずして燃え上りたる挙国の義心がそのままに東洋における天下の正義と運命を同じゅうすという霊妙なる観念が、五千万同胞を心底より感動せることを忘るべからず。たといかくのごとく意識せざるまでも、暗にこの無形の勢力に動かされざりし人は、おそらくは一人もあらざりしならん。されば露国の同盟なる仏国にてすらも、世の文明の進歩を希うがために、日本の勝利を祈りし識者多かりき。況や英国においてをや。また況や二大原則の成立を望むこと最も切なる米国においてをや。惟うに日本に対する世界正義の士の同情が、日本の勝利に貢献することの浅からざりしを忘却するは、公正の見解にあらざるもののごとし。」(P130131

 
日露戦争の「勝利」をこのようにな眼で少しでもみる人が多かったなら、と思います。
しかし現実に起きていたのは、朝河が恐れていたことでした。
 

「驚くべきは世情の劇変なるや。余が当時ひそかに患いて充分に意識することをすら忌みし事情、たちまち発生するに至れり。世がいかにさきに同情せし日本をもって、今や清国の主権を犯し私曲の利権を営みて東洋の禍害を作るものなりと見做すの傾向にあるに至りたるかは、前篇に之を切論(しきりに論ずること)し尽くせり。」(P133

 
朝河はその先に起こると考えられる危機を次のように書いています。
 

「危難の何たるかは今に及びて問うまでもあらざるべし。東洋の平和と進歩とを担保して、人類の文明に貢献し、正当の優勢を持して永く世の畏敬を受くべき日本国が、かえって東洋の平和を撹乱し、世界憎悪の府となり、国勢頓に逆運に陥るべきことこれなり。清国と相信じ相助けて列強をして侵略の余地なからしめ、また諸協約のために今なお蝕せられつつある主権の一部分をも、完全に清国に恢復するの時到らしめ、かつ厳に機会均等の原則を遵りて、満韓においてこれを破らんとする他の諸国を警むべきの地位にある日本が、かえって自らこれらの原則を犯して世界史の命令に逆い、ついに清国をして我に敵抗せしめ、米国等をして東洋の正理擁護者たらしむべきことこれなり。日本もし不幸にして清国と戦い、また米国と争うに至らば、その戦争は三十七、八年のごとく世の文明と自己の利害との合わせる点にて戦うにあらず、実に世に孤立せる私曲の国、文明の敵として戦うものならざるべからず。日英同盟といえどもまたその時まで継続すべきものにあらざるべし。」(P136137

 
上の文章の最後のほうに「実に世に孤立せる私曲の国、文明の敵として戦うもの」とありますが、太平洋戦争敗戦後の東京裁判(極東国際軍事裁判)で、日本が「文明」の名のもとに裁かれたことを思い起こさせます。

東京裁判については、「文明による裁き」ではなく、「勝者による裁き」であったという批判もあり、アメリカやイギリスなど欧米諸国などが一方的に「善」であり日本が「悪」であったわけではもちろんありません。しかし、朝河が指摘するように、日本が日露戦争において掲げた原則を自ら破っていったことは直視する必要があるでしょう。少なくとも、当時の日本の指導者、そして多くの日本国民が、朝河のような指摘がありながら、それを無視したことは覚えておかなかればならないと思います。
 
そして、本書の最後は「結論」として「日本国民の愛国心」について書かれています。
ここ最近も「愛国心」についての議論が起こっていますが、本書で書かれている「愛国心」についての指摘は今も、われわれに大きな示唆を与えてくれます。朝河の考える愛国心とは4つの要素から成っています。

1:義心
2:意力
3:公平なる態度
4:沈重の省慮

 

「余が将来の愛国心として見んことを切望するは、実に義心と、意力と、公平なる態度と沈重の省慮とを具備せるものこれなり。さらにこれに加うべきことは多からんも、これより減じて可なるもの一もこれあるを見ず。ことに従来世論のこれに傾かざりしを思うがゆえに、余は第三と第四との両点に関して国民の深く考量せられんことを希望す。従来日本にて愛国心と称したるところのものは、主として第一と第二との変形なりき。今日まではこれにて事足りたれども、今後もまたこれにて充分なるべしと思わんははなはだしき誤見なるべし。外面平凡なるがごとく、一の壮烈なる事なきがごとくにして、実は極めて堅硬なる道念と極めて精微なる省察力とに頼るにあらざれば忽然危険に陥るべき霊妙複雑の機会日にますます多からんとするは、今後の社会の本色なるべし。身命を顧みずして敵と戦うは易からざれども、ただこの心のみをもって日常難解の公共問題を処理するは難し。挙国心を同じゅうして勤倹の徳を行うは常に必要なれども、これのみをもって目前は差違少なくして将来は国家の運命を分つべき微妙の疑問に応ずることは能わざるべし。これ余が前章に説きしがごとく、近世の文明国は国民自ら反省し、自ら吟味するにあらざれば、一刻も誤謬に陥るを避くること能わざる所以なり。かの議会のごときは、国家の粗大なる問題につきて国民の反省を便ならしめんとするがために設けたる、極めて不完全なる法制的機関のみ。この機関ありといえども、これを運転する国民と議士とが反省の力幼くば、ただこれあるのみにて、国家の危難を悉く防ぎ得べきものあらず。況や議会の力の、もとより及びがたき広大無辺の諸方面においてをや。このゆえに文明の国家は、日にますます国民の反省力に頼らざるを得ざるなり。」(P224225

 
朝河の考える愛国心とは、「反省力ある愛国心」です。これ、ほんと大事だと思います。もちろん、今の日本でもです。というより、今の日本にこそ、です。朝河が反省力について書いている次の文章は今の日本にも当てはまるのではないでしょうか?
 

「読者よ、日本国民はその必要の武器たるべき、健全なる国民的反省力を未だ研磨せざるなり。これを例せば、国のためならば正義に反しても可なり、正しき個人の名誉を傷つくるも可なり、というがごとき思想は未だ日本を脱せず。この思想一転せば、一時の国利を重んずるのあまり、永久の国害を論ずる人をすら非愛国者となすの傾きあるがゆえに、識者は世の憎悪を恐れて国の大事に関しても公言するを得ざるに至るべく、あるいは識者自ら習気に化せられて、独立の思考をなす能わざるに至るべし。試みに日本が清国に対し、また満韓において私曲の行為を重ぬるがごとき不幸、万一にもこれありとせよ、しかるにこれを世に公言せば日本の名を傷つくるがゆえに云わず、またこれを妨ぐれば日本当座の利を減ずるがゆえに評せず、もしくは人皆一時の国利に酔えるがゆえに識者といえどもまた卓然独り自ら思慮するの余裕なしとせば、その結果はいかん。知らぬ間に日本は天下に孤立し、世界を敵とするに至るべし。」(P226227

 
文中では「国利」という言葉が使われていますが、今使われている言葉としては「国益」なる言葉に置きかえれば、より今に引きつけられるでしょう。

かなり、本書から引用が多くなりました。私の言葉よりもぜひ朝河貫一自らの言葉に触れてみてください。


本書や朝河貫一については、まだまだ多くの人に知られていないと思います。私自身、つい最近知ったばかりです。

ぜひ多くの方に本書を読んでもらい、歴史に学んで、その学びを踏まえて行動し、よりより未来を創っていければと思います。

時を超えて、今は亡き人に出会うことができる。 本、読書のありがたみ、すばらしさを改めて感じる一冊でした。
| 宇都出雅巳 | - | 10:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
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